ウラジオストクに到着後、宿に入って荷物を置き、直ぐに高台に向かって景色を愉しんで暫く過ごした…やがて少々手が冷たくなり、空腹も覚えたので、宿へ引揚げる道すがらに食事を摂ろうと考えた…
ウラジオストクへ向かうフライトの中、“機内誌”をパラパラと視ていた。<オーロラ航空>のモノである…その“機内誌”にウラジオストクの何軒かの飲食店が見開きで紹介されていた。一種の広告なのかもしれないが…
その中には、4月に立寄った場所も在って「ここ…好かったなぁ…」と眺めたが、他方で寄った事のない場所も在った。その寄ったことが無かった場所だが、住所を何気なく視れば「何となく判るエリア」であったので記憶に止めた…
高台から下りてスヴェトランスカヤ通に入り、アレウツカヤ通と交差する辺りへ向かって歩いて、その“機内誌”の件が頭に浮かんだ…
↓そして辿り着いた店で頂いたのがこういうモノだ…

↑ペリメニ―精確にはペリメニ2種と、ペリメニに類する料理―を確り頂くことにした訳だ…
スヴェトランスカヤ通とアレウツカヤ通が交差する辺りには<アルセーニエフ記念沿海地方総合博物館>の建物が在る。スヴェトランスカヤ通からアレウツカヤ通を横断するには地下通路を通らなければならない。その地下通路から出て、博物館の前辺りに至る。そこもスヴェトランスカヤ通の一部である。
↓そのスヴェトランスカヤ通の歩道に地下への入口が在り、上記写真の料理が出て来る店が在るのだ…

↓これは「おばあさんのレシピ」と称し、若干のガーリックが具材の肉に加えられている…

↓「シベリア風」と称するのは、“ペリメニ”と聞けば思い浮かべる場合が多いような、ベーシックな感じだ…

↓これは「コンデューム」と称する。19世紀の料理で、廃れてしまっていたモノらしい…歴史研究者がレシピを見出し、それを参照して再現してみたというメニューだった…

各々のペリメニ…200ルーブルから300ルーブル位だったと記憶する…何となく日本国内であれば「何処かの街の居酒屋で、何点か適当に料理を頼んで、一寸夕食に…」という感覚を思い出す…
実は…サハリンに戻って「ウラジオストクへ出掛けて、食事にペリメニを…」ということを話題にすると、「それは!!」と大いに喜ぶ人が在った。というのも、ソ連時代から「出先の街で手軽に美味しい何かを頂く…ペリメニ?」というイメージが強いというのだ…そしてそういうのが「幼少の頃からの想い出」というイメージでもあるのだという…勿論、個人差も在るのであろうが…
立寄った店は、なかなか美味しいペリメニが頂けて、感じも好かったので、実はウラジオストクから出発する前の昼食に関しても、立ち寄ってまたペリメニを頂いた…「日曜日のランチタイム」となった出発前の昼食時には、小さな子ども達を含む親子連れ、家族連れが存外に目に付く感じだった。サハリンで後から聞いた話し…「幼少の頃からの」ということになるペリメニなのか?
>>Пельменная "Ложки-плошки", пельменная Владивосток(ウェブサイト-露語)
posted by Charlie at 05:05|
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HDR/2018年5月の旅
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