2012年05月30日

小樽駅の721系電車(2012.05.02)

函館駅を発ち、長万部で乗り換え、暗い山間の鉄路を経て少し静かになった夜の小樽駅に着く…

↓この列車が、更に札幌方面へ向かおうという、私自身を含む乗客を待ち構えていた…
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↑暗いホームに浮かび上がるようなステンレスの車体が美しい…

広大な北海道の中の長大な鉄道に在って、電化区間は限定されている。故に、「パンタグラフの据えられた鉄道車輌」(=電車)を視ると、「遠くへ来た…」と思うようになった…

721系電車は、“国鉄”が“JR”に換わって日が浅かった頃に登場した車輌だ。私はJR化の少し後、暫く東京に居たので、この車輌に関しては「暫く振りに札幌に来てみれば、新しい電車が登場していた…“JR”という新しい体制だ…」というイメージを持っている。

それから概ね四半世紀を経て、このタイプの車輌も見慣れてしまった。今では「札幌圏の鉄道車輌」と言えば、これを思い出す…札幌から、小樽方面や岩見沢方面を目指すと、この車輌に出くわすことが多いような気がする。新札幌・千歳方面でも多いが、この方面は「旭川からの特急列車が札幌で“快速エアポート”に看板を替える」という列車も多いので、他の型に出くわす確率も高いような気がしているが…

この721系…国鉄時代以来の“寒冷地仕様”な内装が施されている。ホームで車輌の扉が開いて車内に入ると、座席が据えられている場所の前にもう1枚扉が在る。“特急型”の車輌では普通だが…通勤・通学の足にもなる普通列車用の車輌でこういう仕様なのは、北海道の車輌位かもしれない…

この車輌は、飛行機で北海道に来る各地の皆さんにも馴染みかもしれない。新千歳空港・札幌・小樽というような区間で活躍しているのだ…更に小樽・札幌・江別・岩見沢というような区間にも頻繁に登場する…
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2012年05月10日

旧日本郵船小樽支店(2011.04.30)

「同じ場所でも、季節が変われば雰囲気が変わる」というのは「当然のこと」かもしれないが、“積雪寒冷地”に在って、「“冬季”と“それ以外”」という比較になると“違い”は「一層鮮やか」なように思う。

こういうことは、“積雪寒冷地”そのものである地元の稚内でも思うことなのだが、「偶々冬とそれ以外の季節に立ち寄った場所」ということになると、その“違い”に些か驚かされる…

↓隆盛を誇った昔日の小樽港の面影を伝える、嘗ての日本郵船小樽支店の洋館である…
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↑日露戦争後、樺太に国境線を引く際、日露両国の実務家が集まって協議を催したという歴史も在る建物である…

建物の前の道路を挟んだ空き地は広場として整備されているのだが、冬季には「踏み分ける」必要があるような雪に覆われていて、上に掲載した写真の撮影位置には入り悪かった…

↓“広場”はこういう具合だ…
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↓正面ばかりではなく、辺りにも雪が無い…冬季とは趣が異なっている…
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>>2011年12月撮影の冬季の様子(建物外観に加え、内部の写真も在る…)

こういう具合に、「同じ場所に、違う季節に寄る」というのも」面白いものだ…
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2012年05月09日

札幌駅のキハ40(2012.05.03)

↓5時40分に改札が始まる札幌駅で、改札を済ませてホームに出ていると、6時に出発する旭川行の列車が姿を見せる…
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↑個人的には「御馴染」の列車だ。札幌駅から乗車する場合も在るが、少し進んだ厚別駅を利用する場合も在る…(厚別駅は“居候場所”に近い…)

札幌・旭川間は電化区間である。普通列車と、この区間を含む電化区間で運行を完結する特急列車は“電車”である。車輌の屋根にパンタグラフが在って、架線から電気を受けて、車輌内に内蔵されているモーターの動力で線路上を進む…

この「朝6時の旭川行」(時刻表で確かめると“921D”という列車番号だ…)は、その“電車”が走行可能な区間で運行する列車なのだが、どういう訳か“汽動車”が使用されている…

“電車”が駅に入って来る時は、モーターの駆動音というよりも、車輪が線路上を通過する際の音と、線路の継ぎ目で列車が軽く揺れる際の音が聞こえる音の殆どのような気がする。“汽動車”の場合は、「エンジンの唸り」が耳に残る…

「エンジンの唸り」と共に北の大地を行くキハ40…何か非常に「北海道らしい!!」雰囲気を醸し出しているような気がする…
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函館駅のキハ40(2012.05.01&02)

↓何ら特別ではない鉄道車輌だが、3時間もの長時間を要する長万部・函館というような区間を乗車した後には「御苦労様…」とでも労いながら眺めてみたくなる…
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函館本線の函館・長万部間を走る普通列車は、どうも尽くこのキハ40が使用されているようだ…

キハ40のシリーズは1977年に初登場したという。既に初登場から35年である…“国鉄時代”だ…888両が製造され、北海道から九州まで各地に配属されていて、“JR時代”になっても各地で活躍している汽動車だ。実際、九州でも東北でもこのキハ40のシリーズが活躍している様を視たことがある。

↓函館から長万部に向かう際には、2両連結したキハ40に出会った…
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↑写真奥が改札口に近い方だ。奥の1両は長万部へ向かう途中の森で切り離され、折り返し大沼へ向かうことになる。森よりも長万部寄りの駅へ向かうなら、手前のの車輌に乗り込むのが善い…

何も「北海道に独特な車輌」という訳ではないのだが…「北海道内の鉄道」と聞けば、私は何となくこの車輌が、架線の無い非電化区間を走り抜ける様子を想像してしまう…
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2012年05月08日

長万部の“鮭飯”(2012.05.01)

長万部駅(おしゃまんべえき)…かなり以前、何処かの芸人さんが「おしゃまんべ!」と一発ギャグとして叫んでいたような記憶も在るのだが…長万部駅は函館本線と室蘭本線の交差点で、交通の要になっている場所である。現在は「小さな町の小さな駅」という印象の場所ではあるのだが…

この長万部駅だが、もしかすると駅名以上に有名なのが伝統の駅弁である“かにめし”だ。長万部を通る特急列車で、客室乗務員(車内販売等を行う係)が乗務している、昼間に運行される列車では「長万部積み込みの“かにめし”の御予約」というのが“必須”である…該当する列車は、札幌・函館間の昼間の特急列車が殆どだが…私も稀にそれに乗車する際は、そのサービスを好んで利用し、“かにめし”を求める…

5月1日…長万部に辿り着き、函館行の乗車までに小一時間在るという状況になり、「何か食事を…」と思い付いて駅の周辺を歩き始めた。2分と掛からない場所に伝統の“かにめし”を売る店が在った。昼食時間帯を外れているのだが、それでも客が途切れずに出入していた…

↓その店で私が求めたのはこれであった…
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↑“かにめし”ではない…“鮭飯”である…

店頭で「10分から15分程度お時間が」と断って在ったのだが、私はこれを初めて視たので、思わず頼んでしまったのだった…

↓駅で列車を待つ間に頂いた…
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↑これがなかなかに好かった!!

“かにめし”と似たような手法の独特な鮭フレークが塗された御飯に、フライにした鮭に甘辛ソースを塗したものが乗せられている。これは素敵だ!!

↓“かにめし”の店では、何種類か“かにめし”以外の弁当もやっているようだ…
>>北海道長万部 かにめし本舗かなや
↑自宅などで電子レンジで温める“かにめし”の通信販売まで在る!!

旅で出会う駅弁…戻って直ぐに、妙に懐かしくなるものである…
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2012年05月05日

函館の坂本龍馬像(2012.05.02)

函館の路面電車の“十字街”という停留所は、“谷地頭行”と“函館どっく前行”とが交差するポイントである。函館市内を巡る場合、立ち寄る機会が多いかもしれない…

↓この停留所の直ぐ傍に、やや不思議なものが…
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右腕を振り上げる逞しい武士の像…「誰?」と思って近付けば…あの“坂本龍馬”だった…

坂本龍馬は箱館(※坂本龍馬が生きた幕末期には、“函館”は“箱館”と書いた…)に足跡は遺していなかった筈だが?

足跡こそ記していないのだが、坂本龍馬は北海道開拓を夢見ていて、同志を先乗りさせて北海道入りする計画を何度も実行しようとしていたという…

↓詳しくはこちらに…
>>坂本龍馬を知る|北海道坂本龍馬記念館公式サイト|坂本龍馬が北海道を開拓を夢見ていた熱い思いが伝わってくる。

坂本龍馬は北辰一刀流の剣客でもあった訳だが、函館の坂本龍馬像の太く逞しい腕は、そういう彼のプロフィールを伝えてくれるようでもある…政府の顕職に就くよりも、“亀山社中”や“海援隊”で手掛けていた商社的な仕事を続けていくことを希望していたというが…暗殺が無ければ、明治時代の北海道で活躍していたかもしれない…

そういう「明治時代の北海道で活躍していたかもしれない…」という想いが、この「函館の坂本龍馬像」を建立に至らしめた訳である…
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2012年05月04日

函館駅の<ノースレインボーエクスプレス>(2012.05.02)

函館駅から長万部行に乗ろうとした際、「旭川行」という列車が待機中であることに気付いた…

函館駅と言えば…長万部行を含むローカル線の他は、札幌行、青森行、新青森行というような特急や急行が発着するのだが…“旭川行”というのは思い当たらない…

↓左側は見慣れた札幌行で、右側が“旭川行”である…
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この列車は臨時列車で、車輌は<ノースレインボーエクスプレス>と名付けられたものである。臨時列車に使用される他、車輌故障時の代替車輌として使用されているという…車輌の分類としてはキハ183の改造ということになるらしい…

↓函館駅ではこういう具合に列車が見える!!
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↑手前が札幌行、真ん中が<ノースレインボーエクスプレス>の旭川行、奥が私の利用した長万部行だ…

そう言えばこの<ノースレインボーエクスプレス>…車輌故障時の代替車輌として稚内にも登場したことが在ったと思ったが…今年は臨時列車でこれが稚内に登場する機会も在るらしい…
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札幌の時計台(2012.04.29)

札幌の街を歩く際、時々“時計台”に眼を留めることが在る…

↓この感じが最もお馴染みな“時計台”の画だろうか…
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この“時計台”…何処から視ても見えるような代物ではない…時々見過ごしてしまうことも…

↓こういう場所に建っている…
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↑奥の背が高いビルは、札幌市役所の本庁舎だ…

明治時代、この建物がここに建った頃…今日の様子など、誰も想定出来なかったことであろう…
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長万部駅に停車中のキハ150(2012.05.02)

北海道内の鉄道では汽動車(ディーゼルカー)が活躍している。非電化区間が多いからだ。電化区間でも汽動車が走っている場合さえ在る…

汽動車には特急列車用と普通列車用が在る。これらの中、普通列車用のキハ54やキハ40には乗車機会が多い。稚内・名寄間の普通列車は専らキハ54で、名寄・旭川間にはキハ40も登場する。札幌・旭川間は電化区間なので電車が多いが、時にはキハ40が登場する…

↓ということでキハ40やキハ54は見慣れているが、他の型も活躍している。
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↑見慣れないものを視ると、思わず注視してしまう…

↓長万部駅に停車中の車輌…
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↑これはキハ150という…

キハ150は1993年に登場した車輌だ。“JR”時代の車輌ということになるなる。旭川と苗穂に配属されていて、旭川・美瑛・富良野の区間、旭川・帯広の快速、小樽・長万部の区間、苫小牧・東室蘭・長万部の区間等で活躍しているという。今回、小樽・長万部の往復で双方ともこのキハ150に乗った…

↓長万部駅では同じホームにこのキハ150が並んで停車する様子が視られる…
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↑前方に東室蘭行、後方に小樽行が待機し、順次発車する…これは函館本線と室蘭本線とが交わる長万部駅ならではなのかもしれない…

相対的に新しい車輌だけに、乗り心地は好い…以前にも、旭川・帯広間で乗車したことが在ったが、今回は改めて注目してしまった…
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函館の路面電車(2012.05.02)

函館の路面電車が気に入ってしまった…一日乗車券を手に、色々な電車を眺めながら市内を行き交い、方々を視るというのが好い…

↓最近は何処の路面電車でも、こういう広告の車輌が主流になっている…
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↓新旧様々な車輌が混じっているのが、視ていて愉しい…
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↓函館で一番新しいと見受けられる<らくれっと号>…
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↓何時かまた利用する機会のために…
>>函館市企業局交通部|トップページ
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2012年05月03日

箱館奉行所(2012.05.02)

興味を覚えた場所を訪ね、そこが「膨らませていた期待に違わない」という状態であると嬉しいのものだ。

“箱館奉行所”は正しくそういう例に相当した!!

函館の路面電車には“五稜郭公園前”という停留所が在る。その停留所から五稜郭を目指すと、五稜郭タワーの在る側に至る。そこから五稜郭の敷地に進んで行くと、“箱館奉行所”が威容を現す…

↓こういう建物だ!!
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“箱館”は幕末期に最初に開港された港の一つである。関連事務等を扱う奉行所が出来たが、幕府の拠点として防御性に優れたものが必要ということになり、五稜郭を築いてそこに奉行所を建てることになった。1864年に五稜郭の中の奉行所がほぼ完成している…

その後、五稜郭は戊辰戦争最後の戦いの舞台となったが、1871年に奉行所が解体されてしまい、五稜郭跡地は公園化されたのだった…

“箱館奉行所”は、激動の時代にたった7年間程しか存在しなかった「幻の建物」である…幕末期には写真も在ったが、そういう写真や古い図面や文献、発掘調査の結果等を踏まえ、江戸時代以来受け継がれている工法を駆使し、2010年にこの建物が登場した…

↓楼の上には上がれないが、内部も見学可能で、なかなか興味深い展示も在る…
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↓なかなか立派な建物だ!!
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↑年月を経て、ホンモノの文化財になりそうだ…

今回、桜には少しだけ早かったが…桜は桜である…この“箱館奉行所”が観られて善かった!!!
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2012年05月02日

函館の路面電車(2012.05.01)

函館は路面電車が活躍している街である…

↓こういう按配だ…
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暗くなってから函館に着いたが、1往復、早速乗車した…

↓色々な広告が付いていて、車輌を視るのも面白い…
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系統によって異なるが、路面電車は日中で6分から12分間隔で運行しているのだそうだ…

↓連休の旅の画…
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函館ハリストス正教会「主の復活聖堂」(2012.05.01)

旧くからの港町である函館は、永く“箱館”と表記していた。その“箱館”の時代、幕末の開港の頃だが、当地は開港地の一つとなった。そこで色々な文物が流れ込んでいるし、明治以降も重要な港であったために、街には色々なものが登場している。

そういう、北海道内では歴史豊かな街である函館には、「思わず歩み寄りたくなるもの」が色々と在るようだ…

函館に着いて「一寸その辺を…」と歩いてみたのだったが、遠くに見えた「異国のような光景」に引き寄せられ、思わず歩いて暗い坂道を登ってしまった…

↓こんなものを視付けた…
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↑思わず引き寄せられてしまった…

これはロシア正教の教会である…

幕末の開港の頃…1859年にロシア帝国がゴシケヴィッチ領事を箱館に派遣したが、領事はロシア正教の聖堂を領事館内に設けた。これが「日本初のロシア正教会」ということになるであろうが、最初の司祭が帰国した後、1861年になってニコライがやって来る。このニコライは日本でのロシア正教の伝道に活躍するのだが、函館の教会はその伝道の起点となった場所である…

日本におけるロシア正教の中心は、後に御茶ノ水のニコライ堂(東京復活大聖堂教会)に移るが、函館の教会は「最も永い伝統」を誇る教会として活動を続けている。

1907年、教会は火災で焼けてしまった…現在のものは1916年に再建されたものであるという…そしてこれは1988年に修理が施された…

↓白い聖堂の上空に月が…
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非常に目立つ建物なので、周辺を散策していた人達が、夜にも拘らず次々と眺めに来ていた…

↓連休の旅の画…
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2012年05月01日

蒸気機関車 7150型 <大勝号> (小樽市総合博物館)(2012.04.30)

↓旧い機関車庫に鎮座する旧い機関車…
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この機関車…「現存する最古の国産蒸気機関車」という、貴重なものである…

↓胴体のプレートに「明治二十八年四月 手宮工場製造」(右から左に字を読む…)と在る…
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この機関車は北海道炭礦鉄道が1895年(明治28年)に1両製造し、後に鉄道の国有化で“7150型”ということになったものである。<義経>、<弁慶>、<しづか>などの愛称で知られる“7100型”を参考に、予備部品等も利用されて製造されたらしい…形状は牛よけ(カウキャッチャー)が付けられている「アメリカ古典蒸機タイプ」である…

↓1895年…日清戦争の終わった年…機関車は「大勝」と名付けられていた…
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なかなかに渋い機関車だ!!

↓連休の旅の画…
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2012年04月30日

小樽駅(2012.04.30)

↓小樽駅に着くと、構内が非常に広い感じがする…
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小樽駅は、現在では札幌を経て新千歳空港との間を往来する列車、札幌を経て江別や岩見沢との間を往来する列車、倶知安や長万部方面との間を往来する列車が発着している。何かの臨時列車を除くと、全てが普通列車や快速である。

そういう状況の割りには、ホームが4本も設けられていて、何か広い感じなのだが、嘗ては函館から札幌を経て各地へ向かう様々な列車が発着していた駅である。言わば北海道の“動脈”の一部であったのだ…

↓1934年に登場したという駅舎…上野駅をモデルにした建物である…
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この駅舎…耐震補強を兼ねて改装工事が行われ、それが完成したばかりということで、一寸話題になっている…旧い建物を活かし、スッキリしたテナント配置をしたという按配だった…

↓少し離れて眺めるのが好い感じかもしれない…
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小樽駅は地域住民に大切にされている存在であろうが、小樽を訪れる夥しい旅行者にも親しまれている存在であろう…なかなか味わいが在り、私も気に入っている…

↓連休の旅の画…
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キハ82(小樽市総合博物館)(2012.04.30)

小樽の博物館については、昨年12月に寄った経過が在ったが、「冬季は見られない、屋外展示の鉄道車輌が是非視たい」と思い、一寸訪ねてみた。

それなりに広い場所に、色々な車輌が展示されているのだが…

↓メインの建物に最も近い辺りで目立っていたのがこれらである…
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↑手前の汽動車!!何か懐かしい外観だ…

↓これはキハ82だ!!
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↑各地で活躍した特急列車用のディーゼルカーで、北海道でも走っていた。

<北海>という列車…1967年に小樽経由で函館・旭川間を結ぶ列車として登場したそうだ…1981年に<北海>は函館・札幌間の運行となり、1986年に廃止となったそうだ…その後、2001年と2006年に「リバイバル運転」というイベントが在ったそうだが、使用車輌は183系であった…

この車輌を視て、何か妙に気持ちが弾んだ…

↓連休の旅の画…
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posted by Charlie at 22:15| Comment(0) | HDR/2012年4-5月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする