2018年07月02日

【速報!】ロシアが史上初のベスト8!!:W杯サッカー

スペイン対ロシアの試合…1対1となったまま延長に突入し、延長でも両者無得点でPK戦へ。

PK戦で先に蹴るのはスペイン。ロシアは1本を止めて優位に立つが、5回目のキックを弾き、その時点で4本を成功させていたロシアの勝利が確定した。

ロシアのテレビ中継では、アナウンサーが裏返ったようにも、涙声にも聞こえる絶叫で「スペインに勝った!勝った!史上初!史上初のベスト8!次は7月7日!」という実況。

中途半端な時間に居眠りし、深夜に起き出して…「そう言えばスペイン対ロシアのサッカー?」と途中の1対1になっていた試合のテレビ中継を観た…

赤のユニフォームのスペイン…白のユニフォームのロシア…赤のスペインばかりがボールを持っているように見えたが…なかなか得点が出来ない…ロシアの反撃も決まらない…そして延長…それでも決まらずにPKへ…

PKでスペインのキックをロシア側が止めた時…思わず拍手してしまった…そしてスペインの5人目のキックが弾かれて「PK 4対3」でロシアが勝った…

ユジノサハリンスクは午前4時前後になっていたが…何処かで集まってテレビ観戦していた人達が外に出て来たらしく…「ラッシーヤ!チャンピオーン!」と歌うように大声を張り上げて、ラッパを鳴らして歩き回っている様子も…暗くて視えなかったが、音は聞こえた…

後年の語り草になりそうな「歴史的な勝負」を生で視た型になった…
posted by Charlie at 02:11| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

月がオレンジ色?―ユジノサハリンスクで視られた皆既月食(2018.01.31 - 02.01)

「スーパーブルーブラッドムーン」などと聞けば、アニメか特撮のヒーロー関係の何かの名前のようであると思ってしまったが…「1月31日の夜に視られる月」のことだと知った。

「スーパームーン」は満月が大きく視えること…「ブルームーン」は、1ヶ月間に2回視られるという満月の、2回目の満月を指す…「ブラッドムーン」は、皆既月食で赤味を帯びた色になる月のこと…3つの現象が同時に発生しているということで、呼び名が「合体!!」となって「スーパーブルーブラッドムーン」という型に…

この現象は、日本国内向けに出ていた情報によると、「20時48分頃に部分食が始まる。21時51分頃に皆既食が始まり、22時29分頃に食の最大となり、23時8分頃に皆既食が終わる。24時11分(翌2月1日0時11分)頃に部分食も終わる」ということだった。地域毎の「時間の前後」は無いということでもある。

こういうことであれば、サハリンでは「日本で現象が観測される時刻“プラス2時間”の時刻」で、皆既月食が視られる筈だ。

夜、暗くなってから「月は何処だ?」と暗い空を視ると、大きな満月が、ユジノサハリンスクの街の東寄りに在るスキー場のコースを照らす照明が視える辺りの上空で、力強く輝いていた。

やがて「20時48分頃+2時間=22時48分頃」を過ぎると、「月が?欠けた!?」という状態が見受けられるようになった。

ここまでは「屋内の窓」から視られたが、皆既食になるという「22時台+2時間=24時(翌2月1日0時)台」になると、月が南寄りの高い空に在る関係で、屋内から視えなくなってしまった。思い切って、防寒用の上着や帽子を確り着用した上で戸外に出てみた。

↓建物の上に、少し変わった色の月が視える…
Lunar eclipse 31-01-2018 (X100F) (10)

↓少しだけ動き、街路樹の辺りで、電線等に妨げられない位置を見付けて月を見上げた。
Lunar eclipse 31-01-2018 (P7700) (3)
↑日本の報道では「赤銅色」と表現されている色だが、実際に見上げていた時には「オレンジ色?!」と感じた…

最近はズーム機構を備えない“単焦点レンズ”のカメラ<X100F>を多用するが、この時はズーム機構を備えた方のカメラ<P7700>も用意した。

↓可能な範囲で最大の望遠で、「ユジノサハリンスク上空に輝く皆既月食の月」を捉えた。
Lunar eclipse 31-01-2018 (P7700) (4)
↑こういう様子を視ながら「オレンジ色の月が溶けて♪時計を忘れたままに♪」という、かなり懐かしい感じの歌の歌詞が頭の中に過った…かなり懐かしい『イカ天』関係のバンドがやっていた曲の冒頭部である…

この時の戸外は、恐らく氷点下15℃程度だったと思うが、珍しい現象を見上げていて寒さを忘れてしまっていた…

そして一旦屋内に入って、「23時8分を少し過ぎた頃+2時間=翌2月1日午前1時8分を少し過ぎた頃」に戸外の月を見上げ易いような位置に再び出てみれば、「次第に明るい部分が広くなって行く」という、月が輝きを取り戻すような部分食が始まっていた…

↓輝きが還って来る…何となく面白かった…
Lunar eclipse 01-02-2018 (X100F)
↑還って来た輝きの色を、皆既食の最中の「オレンジ色?」と比較すると面白い…

更に2月1日の早朝には、前夜に暗くなってから月が視えていた東寄りと反対側、ユジノサハリンスクの街の西寄りであるレーニン通の側に、大きな満月が煌々と輝いていた。

輝く満月が陰り、やがて赤味を帯びた不思議な状態になり、暫らく経つと次第に輝きを取り戻すという現象は興味深いものだった。多少気に掛けて、何となくそれを観察したというのも、自身としては余り前例が思い当たらない…が、そんな興味深い現象を視て面白かったということ以上に、「国境と無関係に展開する天体の動き」ということに想いが巡り、少し感動を覚えた…
posted by Charlie at 10:44| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月26日

時計…

映画『探偵はBARにいる』の第1作で、主人公の“探偵”は雪の中に埋められるという酷い目に遭い、腕時計が壊れてしまう…その出来事の切っ掛けとなった依頼を寄越した、電話で話しただけという女性からの連絡を受けて「大事な時計を潰したんだ…」と不満を漏らす…

そういう場面を思い出したが、原案の小説での“探偵”は「ススキノに居れば時間位は何時でも簡単に判るので、腕時計は着けない」と言っている…映画と小説の違いだ…

私はと言えば…映画版の“探偵”のように「大事な時計」を持って愛用しているのでもなく、小説版の“探偵”のように「時計は常用しない」というのでもない…私の感覚は、少し前に愉しんだ小説の<追跡捜査係>シリーズに登場する沖田刑事に近い…

沖田刑事は、何となく時計が好きで、色々と在る中から選んで入手したモノを大事に使っている。或る時、後輩の若い刑事が時計ではなくスマートフォンを上着のポケットから取り出して時刻を確認している様子を視て「実に嘆かわしい…時刻は時計で確認するものだ…」と、少しだけ気分を悪くしているという場面が在った…

私は特段に「拘り」という程のモノは無いが「嫌味な高級品でもなく、体裁が悪い程安っぽくなく、シンプルで見易い文字盤の丸い腕時計」というようなモノが好きで、そういうモノを選んで入手し、「多少、調子が??」という感じになるまで使おうとする。実は昨年まで6年間か7年間程度、或る時計を使い続けていたが、調子が悪くなったので新たに求めて、現在はそれを愛用している…

昨年、その愛用中の時計を「右の手首」に着けるようになった。「アクシデント」の故である…通常は「左の手首」なのだが…

今朝、オフィスに着いてから何気なく「右の手首」を視た。時計が無い?!忘れてしまったのだと思ったが、特段に慌てる程のこともない…日中、腕時計を持ち合わせないとしても「困る」という程のことも無いと思ったのだ。

そう思っていたが…ふと「左の手首」を視て驚いた…腕時計を「普通」に着用していたのだ!?

「アクシデント」以来、「右」に腕時計を慣例に切り替えたが…今朝は何となく「左」に着けていたのだ?!「左の手首に腕時計」というようなことは、「住まいや滞在している場所から出る場面での、無意識にやる行為」である。それを「アクシデント」の故に、意図的に「替えて」いて、それが「慣例?」になっている中、不意に「無意識の行為」が出た訳だ…或いはこれは「快復」の兆しかもしれない!?

「アクシデント」での負傷箇所に関して、「コントロール不能」が「コントロールが少々不自由」という程度になって来て、「快復の過程と思いたい」というところであったのだが…ここに来て「無意識にやる行為」を「何時の間にかやっている」という状況になった!

「だから、どうしたの?」というような話しに類することかもしれないが…書き記しておきたかった…
posted by Charlie at 14:33| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

1月17日に思い付いた事…

穏やかな天候が続いている…結構なことだ…

「大きな災害が在った」と伝えられる日付が過ぎると、その特定の日付に何かが発生するという訳でもないことは理屈として判っていながらも、何となく「無事にこの日が過ぎたか…」と安堵感のようなものを覚える…

かの<阪神大震災>が発生した1月17日が無事に過ぎた…

あのニュースが伝えられていた時…“特撮映画”に在る「巨大な怪獣が街で暴れた後」とでも形容する他無いような、大地震の威力にとにかくも驚いたものだった。例えば「高速道路の高架区間は、こういう具合に壊れてしまうのか!?」と、信じ難い感じだった…やがて、とりあえず外に出されてしまった多くの人達が、寒い1月の状況で大変だという話しが伝わって、何気なく窓の外を眺めた…稚内は当然ながら積雪期で吹雪くことも頻繁だ…「北海道でこの種の災害が起これば、地震そのものに起因する死傷を免れても、外の寒さでとんでもなく難儀する…」というようなことを考えていた記憶が在る…

その災害が語り伝えられる1月17日が過ぎたが、実はあの災害の後に“問題意識”が起こり、以降も色々と研究されている事項が在る…

「大災害で大変なことになってしまった」というその時、地域に居合わせた大勢の人達は各々に大変だった訳だが、「殊更に大変」という人達の存在がクローズアップされ始めた。“外国人”である…

<阪神大震災>の後にも、大きな災害は幾つも発生してしまっているが…「何時の間にか隣近所に、存外な数の“外国人”も在る」という社会になっていることに気付かされ、「どうすれば善いのか?」という話しになった訳だ。

非常事態の対応も含め、「誰しもが安心出来るまちづくり」というような問題意識…所謂「多文化共生」というような問題意識は、大雑把に言えば「<阪神大震災>で気付いたこと」に起源が在る訳だ…

「誰しもが安心出来るまちづくり」というような言い方をすれば…それは寧ろ“バリアフリー”とか、高齢者や乳幼児に関係すること等を思い浮かべるのかもしれない。が、それだけでもない。「災害時の避難」のような、誰にでも関係在りそうな事案が含まれる。そして、そういうことには日本人も外国人も差は無い…また定住している人達も、何かで訪れていたという状況下の人達も差は無い…外国人であっても、一定の年数に亘って居住していれば高齢者や乳幼児に関係する問題が生じる場合も在るであろう…また、滞在中に不運にも怪我でも負ってしまうと、誰であろうと少なくとも一時的には“バリアフリー”というような問題に関わりが生じてしまう…

だから「誰しもが安心出来るまちづくり」というような言い方をする際、寧ろ意識して「高齢者や乳幼児や、老若男女全般、加えて居住者も居合わせた滞在者、来訪者も」と考え、「日本人、外国人の別無く」と考えるべきなのであろう。

この、<阪神大震災>の後に気付いたことから起こっているような、「誰しもが安心出来るまちづくり」という概念が、所謂<多文化共生>というモノであろう。

しかし…<多文化共生>というような用語が出て来ると、何処となく「少し特殊な分野?」というような受け止められ方もしてしまうような気がする。何かの切っ掛けで気付き、そこから拡がって纏められて来た概念が在って、その概念を示すような用語が登場する…そういうのは普通かもしれないが、用語が登場した時点で概念に含まれている普遍性が薄められ、何となく隅に追いやられるか、多くの人の念頭に上らなくなる…そういうことも多々在る…

実は最近、2016年に神戸に立寄った際の写真を偶々視ていて、「神戸と言えば…」とカレンダーを視れば「1月17日」が眼に留まった…それで<阪神大震災>を思い出し、更に<多文化共生>に想いが至った訳だ…

↓因みに、これが偶々視ていた神戸の写真を含むアルバムだ…
>>Photomatrix - NOV 21, 2016


この神戸の画でもないが…思い付いて何処かを訪ねて徘徊するというような…そういうことをしたい願望が、最近は酷く強まっている…「アクシデント」で「お預け」になってしまった経過の故に、願望が「渇望」になってしまっているのであろう…
posted by Charlie at 09:45| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

2種類のフォトブック(2017.11.23)

時々、撮り溜めた写真を利用して“フォトブック”を創る…

戯れに「調子に乗った写真集」と呼んでいる“フォトブック”であるが、一定の期間に撮って気に入ったモノ、或いは何処かを訪ねた経過の中で撮った記憶に残るモノを「一冊」や「複数の冊子」に纏めてみるのは愉しく、思い付いた時に時々繰り返して色々なモノを創っている…意外に手軽で、愉しいものだと思う!

↓11月下旬に“一時帰国”をしたタイミングに拙宅で受領出来るようにして、2冊纏めた…それぞれ「A5サイズ」の冊子だ…
23-11-2017 photobook (2)
↑<Port of Wakkanai 2017>という稚内をテーマにしたモノ(=右)と、<65RUS 2017>というサハリンをテーマにしたモノ(=左)である。

今般、「友人や知人への土産、記念品」という位置付けで各々を10冊ずつ用意して、拙宅に各1冊を保管した以外は方々に配っていたのだが、粗方予定した先へ配り終わった感なので、この“フォトブック”の制作に関して纏めておきたい…

今回は「9月から11月に<X100F>で撮影した写真」から選んで“フォトブック”を作成している。稚内をテーマにしたモノに関しては、極短い期間に撮影した画に限られる割には多彩な画を使うことが出来た。サハリンをテーマにしたモノについては、未だ夏の雰囲気も残るような時季から雪が降り積もった辺りまでをフォローしている。

稚内をテーマにしたモノの中では、「最も気に入っている稚内の風景」でもあり、「近所なので頻繁に歩き回っている」という「夜明けの稚内港北防波堤ドーム」の画が多い。何日間かで撮っている画で「同じような場所」だが、「1枚として同じ色が無い」のが特色だ。やや極端に聞こえるかもしれないが、「同じ色は二度と視られない」というのが「夜明けの空」のようなモノである。

稚内というのは、「海の側から上る朝陽」と「海に沈む夕陽」とを視ることが出来る場所だ。「今日も地球が廻る…」という、言わば「地球の息吹」を実感し得る場所なのだ。眼前の海が、様々なモノを結び付けて来た、そういう時間の流れの上に築かれた港街が稚内である…

サハリンをテーマにしたモノに関しては、「問答無用で気に入った!」という画と、「天候や時間帯の違いで、背後の空の雰囲気が様々になる建物」というような画を纏めてみたり、何枚かそういうモノを取上げる等している。

サハリンというのは、様々な由来のモノ、様々な時代のモノが混ざり合って、「他の何処でもない」ような“異郷”とでも呼ぶ他無い雰囲気の街が在る…自然景観は、北海道の北の方と非常に似ている他方で、それなりに個性も在ると思うのだが、今般は主に街の様子を取上げている…

「友人や知人への土産、記念品」として稚内とユジノサハリンスクで配ったが…大変に好評であったので、気を好くしている…

↓今般、下記のサービスを利用して2種類のフォトブックを制作した。



↑「専用ソフトをダウンロードして編集」という方式である。それが「面倒?」と思えなくもないが、編集ソフト自体は扱い易い…そんなことよりも、単価は他所より「やや安い!!」感じ―御蔭で土産用に何冊も用意することが叶った…―で、出荷までの日数も短い。速く完成品が入手出来る!

↓有料オプションで、こういうカバーが付くのも好い…
23-11-2017 photobook (1)

今後も、何かの折にこういうモノを創ってしまうかもしれない…
posted by Charlie at 19:43| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

災厄…ということにはなるであろうが…

少しばかり「自由に動き回ることが叶う時間」というモノを設けることが出来た。そのこと自体は非常に幸いだったのだが…“事情”によって、自由度が制限されてしまうことになった…

実に不運なことに…左腕を負傷してしまった…

入口に階段が在る場所へ用事を足しに出た…用事が済んで、入口の階段辺りに佇んだ…特段に踏み出そうとしたのでもなかったが、何やら足が滑り「うゎ!」と慌てたが、直ぐに身体が半ば宙に浮くような感じになり、身体の左側から落下した…

左の上腕部が痛かった…やがて「腕が上がり悪い…」ような感じになり、身体に向きを変えると辛いような感じ…とりあえず病院で措置を御願いした…

オフィスのスタッフに、市病院の整形外科という場所へ御案内願った…パスポート持参で受付をし、随分と順番待ちで診察、措置である。薬局で指定の薬を求める費用は要したが、診察、措置には費用は要しなかった。

措置は…とりあえず“痛み止め”を注射してもらい、或る種のギプスのようなもので左腕を固定された…骨折との見立てである…左の手や指は普通に動くが、確り左腕が固定なので巧く手が使えず、「右腕一本…」な感じで何かと不自由だ…

頭を強打してどうかなったでもない…そんなことになっていたら大変だ!!!「生きる?死ぬ?」という騒ぎになっているかもしれない…

脚を傷めて歩けなくなったのでもない…歩けないのは、雪や氷の時季が始まった感で、路面状態が悪くなっている中では殊更にキツい…以前、右足首を負傷した際に経験したが、「足を地面に着けない」状態の松葉杖頼みで路面が悪いのは、本当に困る…

そういう「より嫌な状態」を免れている。「不幸中の幸い」と解することとしたい…

目下、「負傷後の疼痛」のようなモノは感じられるが、負傷直後から何分か経ったような辺りや病院での順番待ちの際に感じていた「酷く不快な感覚」は少し拭えたような感じだ…

最も近年の負傷?6年位前だったか…按配が悪いので松葉杖を病院で拝借したという肉離れを負ってしまった経過は在った…が、あれは直ぐに快癒した…とすれば、快癒にやや時間を要する負傷は…階段で転んで、右足首の辺りを骨折してしまったという20年程も前の出来事以来だ…

こういう「負傷で不自由」は、少しずつ慣れて行く他にないものだ…変に苛々せずに過ごしたいものだ…
posted by Charlie at 04:58| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

ロシアで話題の映画:『マチルダ』(Матильда)

ポスターを視ると、ヒロインと思われる女性が真中で、帝政ロシアの軍服と思われる衣装の男性が脇に居る図案になっている映画が上映中であることに気付いた。

「何か、ロシア史に題材を求めた作品?」と考えたが…「色々な意味」でなかなかに話題の映画であるということが直ぐに判った。実際、一部は日本のメディアでも取り上げられている程だ…

↓幾つか出回っている予告編をこちらで…



↑なかなかに美しい画の作品である。

これは、かのニコライ2世の挿話に題材を求めた物語である。物語の後半で、ニコライの父であるアレクサンドル3世が崩御してしまっていて、戴冠式に臨もうとする経過になるので“皇帝”なのだが、主に皇太子時代の挿話ということになる。

物語の冒頭部…ロシア正教の寺院で、列席する大勢の人々の居並ぶ中にニコライ2世が現れ、コーラスの声が堂内に響き渡る独特な雰囲気で荘厳な戴冠式が催されている。その会場の入口辺りに女性が1人入り込む…会場の入口辺りを制服姿の、保安関係部門の幹部らしき男性が通り掛かる。そして女性に気付き、声にこそ出さないが「あの女!?」とばかりに猛然と女性を追い始める。女性は場内の奥側へ逃げて行く…

そして時間が遡る…冒頭に登場した戴冠式の場面へ至るまでの物語が展開する訳だ…

皇太子ニコライは、未だ独身だったが、特定の女性と交際するでもなかった。父のアレクサンドル3世は、そんなニコライを視て「女性との交際位は在っても…」と思っていて、美しいバレリーナとでも交際することを仄めかしていた。

ニコライは、バレエの公演で「バレエ団に在って最近台頭して来た」という感のバレリーナであるマチルダに魅せられた。トップのバレリーナのさり気ない意地悪で、衣装の紐が解けてしまったが、マチルダはそれを意に介さないかのように見事に踊って見せたのであった。

やがてニコライはマチルダに言い寄る。このニコライの他方に、マチルダに魅せられている男達の存在も在るのだが…

ニコライはマチルダに言い寄るものの、当初は何となくぎこちない…それが時間を経て、少しずつ打ち解けて、互いに欠かせないという関係になって行く。

マチルダはポーランド系の一家の出で平民であり、ニコライはロシア帝国を継承する皇太子である。結婚というようなことが簡単に認められるものでもなかった…そして後のアレクサンドラ皇后となるドイツの公女アレックスがロシアにやって来る…

ニコライはアレックスを后に迎えることになっている他方で、マチルダに夢中でもある…アレックスも複雑な想いの中に…他方で、ニコライと同じくマチルダに魅せられている従兄弟のアンドレイの存在も在る…

そういうようなことで色々と在って戴冠式の場面に進んで行くことになる。日本での公開に関しては承知しないが、余り細々した映画の物語を綴ると、“ネタばれ”で迷惑なので控える。美しい映像でロマンスという感じなのだが、何処かサスペンス的な要素も入っている感じだ。2時間弱な上映時間だが「あっという間」だった…

全般的な感じは、「美しい映像で綴られる愛とサスペンス」で、「史上の人物の挿話に題材を求めた」という感を逸脱するものでもない。“+16”という公開基準が設定されていて、確かに「お子様向け」とは言い悪い側面は在るが、グロテスクな訳でも何でもない…が、それでも「色々な意味」で話題である…

というのは、ニコライ2世は「ロシア正教を擁護していた人物」であり、“受難者”ということで1990年代にロシア正教会で「聖人」に列して祀っている。そういう人物の“愛人”というような、「道徳的とも言い難い」部分を取上げるということに関して、「事実無根!!」というような説が在り、そういう説を熱心に擁護する立場の人達からの攻撃的批判が随分と在るようだ…

そんなことも在って話題の作品で、映画館は賑わっている。今般は<オクチャーブリ>という近所の映画館の“小ホール”という100人程度のホールで観たが、「各列の端が少々開いているものの、概ね席が埋まる」という観客動員で、ユジノサハリンスクで何回か映画を観た経過の中では「最も賑わっていた」感だ…更に、複数の上映ホールを備えるシネコンでは、「複数のホールで1時間毎に上映」ということさえやっていた日も在ったようだ…

「史上の人物」と言っても、「様々な側面が在る人間」であり、「映画に登場」となれば「作中人物」だ。「映画の作中人物」として「様々な側面の一つ」に光が当てられ、描写される。そこに脚色も入る。飽くまでも「映画」なのだ。

この作品を観て思った…

ニコライは「帝国の皇太子」という非常に重い立場に在って、何やら「何でも意のままになるような」と他の人には思われるかもしれない…が、実際には「何一つ意のままになる訳でもない」という「不思議な位置」に居る、些か不器用な青年だ…その彼が情熱を傾けて、「何一つ意のままになる訳でもない」を振り切って、踏み出してみることを意図し、本人がよく判らない次元の場所で摩擦が重ねられ、結局ニコライ自身は「余儀なくされた方向転換」の中で、新しく自身の人生を踏み出そうとする…そんな感じだ…

ハッキリ言って、何か非常に「らしい」感じの「ロシアの戯曲」というようにも思えた…随分と在るらしい攻撃的批判というようなものは「やや的外れ?」とも思えた。尤も、作品を擁護する側では「映画を観ていない人達が批判している」としているようだが…確かにそうだ。

ニコライ2世は、皇太子時代に来日している。そして“事件”も在った関係で、日本の歴史にも足跡を遺している。「昔の外国要人」としては、日本では比較的知られていると思う。そのニコライ2世の挿話に題材を求めた本作…日本でも観られるようになると好いと思う。
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2017年10月21日

<Салют-7>:ロシア映画 『サリュート7』(2017.10.21)

ユジノサハリンスクの映画館では、色々な映画を上映しているが、概して上映作品の入替が速いような気がする。「これ?!面白そう!!」という作品が上映されていると知った時は、余り時を置かずに「行くぞ!」と映画館に足を運ぶのが賢明であるように思う…

「ロシア」と言えば思い出す幾つかのモノの中に、或いは「宇宙開発」というモノも挙がるかもしれない。人類初の有人宇宙飛行を実現したのはソ連であった…そして幾多の宇宙ステーションを運営して来た経過が在る…

そういう「宇宙開発」の経過の中には様々な挿話が在る訳だが、そういう実話をモデルにして制作した映画が公開されている…

↓2つのパターンの「予告」をこちらに…



↑なかなかに凄い画であるが…実話を基に創った脚本で、こんな画の出来事の背後の人間ドラマもなかなか丁寧で、非常に面白い作品であった…

1985年の出来事をモデルにしている。“ソ連時代”である。ロケットや宇宙ステーションには「СССР」と“ソ連”を示すマーキングが在り、宇宙へ出る搭乗員達のユニフォームにも“ソ連”のエンブレムが入っている。そして、止めてしまって存外に長い感じの、米国のスペースシャトルも元気な時代で、作中に<チャレンジャー号>も一寸出て来る…

多少…「ネタばれ」のようなことにもなりかねないが…ストーリーを少々綴ってみる…

映画の冒頭…ソ連の宇宙ステーションで2人の搭乗員が船外作業を行っている。宇宙服に身を固めて、宇宙空間で宇宙ステーションのメンテナンス作業を行う訳である…

その船外作業で、経験が浅いと見受けられる女性搭乗員が不注意で宇宙服に釘を引っ掛けて俄かに調子を崩す…ベテランの男性搭乗員が彼女を助けて無事に帰還する。が…ベテランの男性搭乗員は、船内に戻ろうとした際に妙な光を視て、妙な気分になってしまった…

帰還後…ベテランの男性搭乗員は「精神的な負担が重い任務を続けて疲弊しており、宇宙へ出る任務は外れるべきである」という診断を受けてしまう。マダマダ幼い娘も居る中、妻は危険な宇宙での任務を外れて地上勤務となることを歓迎するが、本人は多少気分が荒む…

そうした中で永く共に仕事をした経過が在って、公私に亘って懇意な同じく宇宙へ出る搭乗員でエンジニアの友人と池にボートを出して釣りに興じて気晴らしをしていると、友人に「緊急招集」が掛かって関係者が迎えに現れた…

大変な事態が起こっていた。宇宙ステーション<サリュート7>は、無人運用を続けていたが、突然に交信を絶ってコントロールが失われてしまったのだ。コントロールが無いまま、全長20メートルにも及ぶステーションが何処かの「街の真中」にでも落下すると甚大な被害も発生しかねない。世界各国に情報も伝わって「ソ連の宇宙ステーションがコントロールを失ったらしい」という騒ぎも起こっている。

この事態に対応するため、<サリュート7>の点検修理を主に手掛けるエンジニアと操縦を担当する搭乗員を<ミール>宇宙船で宇宙へ送り込むことが決定した。<ミール>は、ロケットで軌道に上がった後、<サリュート7>とドッキングを行うのだ。

宇宙ステーションの管制センターでは、エンジニアの人選は直ぐに決めたが、操縦を担当する搭乗員の人選が難航していた。誰しもがドッキングを経験しているでもなく、更に「条件が好くない」のである。シミュレーターで今般のドッキングを試すが「出来ない!」という結論に至る。管制センターの責任者は、最後の手段として「自身で何とか?」とさえ思い詰めたが、俄かに出来る筈もなく、シミュレーターを試すがうまく出来ない。

結局、「宇宙へ出る任務は外れるべきである」という診断を受けていたベテラン搭乗員しか、その困難なドッキングの任に堪えないという判断に至り、<サリュート7>の点検修理の任務に就くこととなった…

エンジニアは妻に出発を告げるが、妻は妊娠中で間も無く産れるような中、「暫くは地上に居ると言っていた筈」と大泣きしてしまう…ベテラン搭乗員の妻は、街のカフェで待ち合わせて、スパークリングワインを注いで宇宙へ出ることになったと告げる夫に「何を言っているの!?」と怒ってしまい、夫をその場に残して出て行ってしまう…

そうして2人は宇宙に出た…

やや苦労しながら、ドッキングを果たしては行ってみた<サリュート7>は、何と内部が凍り付いてしまっていた…「最早ステーションではない…冷凍庫だ…」という状態だった…

この氷を何とか解かすところから点検修理の作業は始まる…氷が何とか除かれて行き、作業は順調にも視えたのだったが…危機が訪れる…

これ以上は、「多少」を逸脱する「迷惑なネタばれ」と思われるので遠慮しておく…

<サリュート7>の対応で宇宙に出る2人、各々の妻達、管制センターの現場責任者…この辺りが軸になる人物達で、彼らを取り巻くドラマが、「流石に最近の技術!!」と驚く程にリアルに再現された「ソ連時代の1985年頃の宇宙ステーション」という画の中で繰り広げられる。なかなかに見応えが在った!!

この見応えの作品…朝の上映だったので260ルーブルで観られた…何組かの御夫婦、親子連れが見受けられた中、何となく1人で観ていた…

日本国内での上映予定に関しては承知していないが…佳い作品だと思った。
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2017年04月29日

サハリンでロシア映画を鑑賞:<Спасти Пушкина>(スパスチー・プーシキナ)(プーシキンを救え)(2017.04.29)

近所に、ボリュームが在るサンドイッチを頂きながらビールを呑める店が在り、何となく足が向く…

↓その店で流れていたテレビに映った、映画を紹介する映像である…

↑<Спасти Пушкина>(スパスチー・プーシキナ)(プーシキンを救え)という、2017年のロシア作品!4月27日から公開されたばかり…テレビで紹介されるのを視た時には「近日公開」という扱いだった…

アレクサンドル・セルゲイヴィチ・プーシキン(1799.06.06-1837.02.10)は、ロシアでは最も有名で、最も評価が高い詩人で、所謂“近代文学”の礎となるような作品を多く遺したとされる。「プーシキンの誕生日?」とでも話題を持ち出せば、10人中8人か9人は「6月6日ですよね…」と躊躇無く応えられるような、そういう程度―日本でも文学史を飾る多くの作家が在るが、「誕生日?」とでも話題にすれば「知らない…」という作家ばかりだと思う…―に有名な詩人である。この“超”が付く程度に有名な19世紀の文学者が、21世紀の街に現れるという、SF調な設定と、学園ドラマ的な要素が絡まり合ったようなコメディー作品が<Спасти Пушкина>(スパスチー・プーシキナ)(プーシキンを救え)である。

1837年…小雪が舞う中で、プーシキンは命を落とすことになった“決闘”へ向かっている…プーシキンは相手と対峙する…

2017年…モスクワの、その名も<プーシキン高校>では、担任の先生の指導の下、生徒達が学校行事の準備を賑々しく行っている。スピーチ大会、詩の朗誦の会のような催しで、校内のホールに学校名に因んだプーシキンの大きな肖像画を飾ろうとしている。その場で、「おじいちゃんの宝物をこっそり持って来た」というエゴールが、親友のフョードルに<プーシキンの時計>なるモノをこっそりと見せている。年代モノの懐中時計だ。他の生徒がそれを視て、「おい、見せろよ!」というようなことになり、何やら争奪戦のようになり、終いに時計が宙に舞う。落ちて壊れては大変と、エゴールとフョードルが時計が飛んでしまった方に飛び込んで、モノを無事に掴んだのだが、そこで妙なことが起こる。

エゴールとフョードルは、時間と空間が捻じれた中に飛び込んでしまって、プーシキンが決闘して銃弾が発せられる瞬間にタイムスリップし、そして次の瞬間にプーシキン本人と諸共に元の2017年に戻ったのだった…

気候の好い5月頃の設定という感じの学校に、冬の外套姿で粉雪を少々被ったプーシキンが不意に現れ、居合わせた生徒達や先生は驚いて騒ぐ。プーシキン本人も「何処に居るんだ?私は?」と困惑する。

こういう騒ぎになれば、早速にプーシキン高校の生徒達の中の“ブロガー”がビデオをネットで流す。それを視て、多少名前の売れたトークショーの司会者が、番組一本を制作する、カメラに照明や音声に、メイク係から番組内の“ジングル”を生演奏するバンドと歌手に至るまでの大チームを引き連れてプーシキン高校に乗り込んで来て、生放送まで始まった。

「あなたは本物のプーシキンなのですか?」と問う司会者。対するプーシキンは「私には皆さんの御質問の意味が…判らない…」という反応。そんな小さな騒ぎが続く。

こういう騒ぎの他方、エゴールとフョードルは「何とかプーシキンを元の世界に戻さなければ…」と色々と考える。そこに彼らと仲が好い女子生徒のミラーナが現れ、「戻っても命を落とすだけなのだから、助けてあげましょう」と言い出す。しかし、エゴールとフョードルは「歴史を変えると、大変なことになってしまう!」と必死だ。

そうして何やら混乱する中、「恐らく“タイムマシーン”」と見受けられる時計の争奪戦が始まったり、プーシキンを金儲けのネタにしようとする人達が蠢く。他方でエゴールとフョードル、加えてミラーナと担任の先生の4人で、先生の愛車で走り回って、プーシキンに「21世紀のモスクワ」を見せて回る。

余りにも有名な文学者の“ホンモノ”と、妙な切っ掛けで交流することになった現代の高校生達…自身の時代から200年近くも後の時代の少年少女達と不思議な交流を経験する19世紀の詩人…凄く愉しい物語だった!

プーシキンが21世紀の街を行く場面では、カフェで視掛けたウェイトレスが素敵だと、紙に詩を書き残して去ってみて、ウェイトレスが後から感激していたとか、プーシキンの銅像の真似をする大道芸人に「商売の邪魔をしてくれるな!」と絡まれて大喧嘩になる寸前の騒ぎが起こったり、大きな銅像を視て「私に似ている!」と驚き、子どもが「プーシキンだ!」と寄って来て写真をお願いされ、親が何やら現代の紙幣を彼に渡してみたり等々、笑いが止まらなかった…

映画は、商業施設<シティーモール>の館内に在るシネマコンプレックスで観た。最も小さい部類のホールで上映されていたのだが…“貸切”状態だった…

随分以前に、モスクワで映画を観た思い出は在るのだが、サハリンでは映画を観たのは2回目である。随分以前にも、機会が在ってロシアの映画を観たのだったが…あれは<シティーモール>のオープン以前で、<オクチャブリ>という映画館だった…

“人気作品”と呼び得るのか否か、よく判らない…凄く愉しかったのだが…日本での紹介が在るのか否かは判らないのだが、出来れば紹介されて欲しい作品だ…





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2017年03月01日

名付けて『JAPAN DAY』―ユジノサハリンスクの<ルースキー・テーレム>(РУССКИЙ ТЕРЕМ)公演より…

世界中の色々な場所で、様々なジャンルの音楽に用いられる、各々に様々な起源を有するような、新旧様々な多種多様な楽器を持寄った“セッション”という音楽演奏が見受けられるのだと思うが…

↓こういう“セッション”は如何であろうか?
Evening at Wakkanai on MAR 01, 2017 (27)
↑右は日本の伝統音楽である雅楽に用いられる笛であり、左はロシアでポピュラーな“バヤン”と呼ばれるアコーディオンの一種である…

笛を奏でるのは稚内の北門神社の山本宮司…バヤンを奏でるのは、サハリンのユジノサハリンスクからやって来た<ルースキー・テーレム>のリーダーであるアンドレイ・メリニチェンコさんである…

色々と在る日本の伝統音楽の中、雅楽は「最も古い伝統を受継いでいる」側面も在ると見受けられる。その雅楽の楽器と、ロシアの楽器で「ロシア発祥で、日ロ両国で馴染みなメロディー」を奏でたのだ!!

彼らが演奏したのは『モスクワ郊外の夕べ』と『灯火』だった…前者では、笛の主旋律にバヤンが合わせるような感…後者はバヤンがリードして笛が合わせる感…極々短い準備期間ながら、息の合った演奏を披露してくれた。「八百万の神々」が密かに鎮座しているような海や山間を巡り、天地を突き抜けるような笛の音と、広大な大地の鳴動、草原や森のざわめきを思わせる“バヤン”の音…何れも微妙な哀愁感も在るように思うのだが、発展した時代や経過、その起源も異なる楽器が組み合わさると、不思議なエネルギーが生まれる…

こういう演奏を聴く機会が得られただけでも、素晴らしい経験だったと思うのだが、これは稚内で市内の<稚内副港市場>を会場に開催中である<ルースキー・テーレム>の公演での一コマだ…昨年、「1日限定」で催して好評だったということで、今年もやることになったのだが…<テーレム>のメンバーが着物を着て、日本の歌等から成る“限定プログラム”で1回だけやるという催しだ…

昨年は観なかったので、「今年は!」と思い立ち、「積雪期間のプラス気温や雨交じり」の結果として「ややこしい感じ」になっている道路状態な中、会場へ足を運んだ…

↓稚内の子ども達と一緒に『うれしいひなまつり』を歌うオープニングから始まった…
Evening at Wakkanai on MAR 01, 2017 (2)
↑登壇する子ども達の家族等も在ったのであろうが、場内はやや息詰まる程の人出で、会場の上のバルコニー状の場所や、そこへ続く階段にも人が溢れていた…

↓6名の女性メンバーは艶やかだった…
Evening at Wakkanai on MAR 01, 2017 (79)
↑他方…「パープル・ディアーナ! レッド・イリーナ! ブルー・ワレーリヤ! イエロー・ペラゲイヤ! グリーン・リュドミーラ! ピンク・ポリーナ!」と…“スーパー戦隊”のようだ等と不埒なことも思わないでもなかったが…

↓稚内では一寸御馴染みの、ワレーリヤさんのタンバリンが登場したのは、最後の方の『カチューシャ』だけだった…
Evening at Wakkanai on MAR 01, 2017 (70)

↓「“結婚式のお父さん”みたいですが…」と登場して、場内の笑いを誘った司会のレオニード・ミロノフさん…実は大変に歌が得意で、特別にギターを弾きながら『ふるさと』を披露してくれた…
Evening at Wakkanai on MAR 01, 2017 (22)

「日本の着物姿でステージに立つ」というようなことは、<テーレム>のメンバーにとっても「少し特別…」な訳で、出番を離れているメンバーが、ステージ上のメンバーを脇から写真に収めていたような場面も視られた…そして場内でも、様子を写真や動画に収めようとしている人が普段より多かったように見えた…

ロシアからやって来た演者達は、日本の文物に興味と敬意を表し、他方で日本の稚内の観衆は、ロシアからやって来た演者の音楽や踊りを愉しんで拍手喝采を贈る…実に好い“文化交流”というものであろう…

>>3月1日の『JAPAN DAY』の模様のアルバム(写真80点)
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2017年02月16日

ユジノサハリンスクの<ルースキー・テーレム>(РУССКИЙ ТЕРЕМ)―今や稚内の“ローカルアイドル”?!―が稚内に登場!!

積雪期に「プラス3℃」を超えて降水が在れば、それは雪ではなく“雨”になってしまう…その「積雪期の雨」という、「一寸歩いて出掛けよう」というには「多少ややこしい」状態な中…夕刻に「一寸した道草」を愉しんだ…

↓このグループが稚内に登場したのだ!!
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (38)
↑ユジノサハリンスクからやって来た<ルースキー・テーレム>が、<稚内副港市場>を会場に、2月15日から3月15日の期間で公演を催すのだ!!

昨日が開幕で、今日は2日目だった。<稚内副港市場>という場所は、雨風や雪が余程強いのでもなければ、私にとっては「歩いて出掛ける範囲」である。しかし、今日は「積雪期の雨」という「ややこしい状態」だ…それでも「<テーレム>を久し振りに!!」と出掛けてしまった。

<ルースキー・テーレム>という名称は「ロシアの伝統的様式の家屋」という程の意味だ。グループ名の略称としては<テーレム>とでも呼ぶのが妥当だ…

「“国境の街”で、国境の向こうの音楽や踊りを愉しむのも一興」、「来訪者に歓ばれるであろう」というようなことで、サハリンの音楽家達を招聘して公演を催すというようなことになり、ユジノサハリンスク市で活動していて、なかなかに定評が在るという<テーレム>がやって来たが、なかなかに好評で回を重ねている。足繫く公演に通う“地元ファン”も多い。何やらの商業的な仕掛けが在るでもない中、熱心な“地元ファン”が居るという意味で、彼らは「正しく“ローカルアイドル”」、「地元の人気者」という感なのである。「来訪者に歓ばれるであろう」と、“来訪者向け”の一辺倒でも、来訪者は多分白けるであろう…何か他所では知らない、「隣国の友好都市」というような場所からやって来た音楽家が演奏や歌を披露していて、街の人達がそれに親しんでいて、来訪者はそんな様子を視るのが「面白い体験」なのではないかと思う。

<テーレム>は、ロシア各地に伝わる伝統的楽曲、永年に亘って親しまれて“民謡”のように受け止められているような楽曲、新旧のポップス等の幅広い楽曲の演奏や歌、或いは舞踏を披露するグループだ。

定番のレパートリーも、新たなレパートリーも交じる公演で、午後5時開演のモノと午後6時開演のモノでは内容は全く異なる。各公演は40分弱だ…今般は午後6時開始の公演を観た。午後6時開演の公演では、定番のレパートリーが軸になっていたが、「前回登場時も聴いたような…あれ?アレンジが少し変わった?」という按配だった。そして、以前は「男女各1名」でダンスチームを登場させたが、今般は「女性2名」のダンスチームなので、少し雰囲気が異なる。プログラムの中に、女性ダンサーが1人で華麗に舞うという場面が在って、それが妙に新鮮だった…

↓<テーレム>のリーダー、アンドレイさんはアコーディオンの一種である“バヤン”という楽器を演奏する。幾つかの楽曲では、バックコーラス風に朗々と歌も歌っていたり、「合いの手」というのか、味わいの在る掛け声を入れている。加えて、生演奏の他に合わせる録音演奏の調整をしたり、会場内の音響等に気を配る等している。
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (21)
↑因みに…ユジノサハリンスクで稚内の関係者も加わるような、何かの催事が在る時、催事場に彼が現れることが在るのだが、音響や関係機器に関して明るいということで、その方面を手伝っているのである。

↓4人の女性シンガー達のリーダー、イリーナさんは、複雑なハーモニーを紡ぐ合唱の中でソロ、或いはリードするパートを受け持っていることが多いようだ…
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (25)

↓円熟、安定という感じで歌っているリュドミーラさん…
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (27)

↓力強い歌声を披露するに留まらず、バラライカの演奏も聴かせてくれるペラゲイヤさん…
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (33)

↓<テーレム>の稚内初登場以来、連続してやって来ているワレーリアさんは、一部の曲でタンバリンを鳴らしているのだが、稚内では「御馴染みの子」で人気者だ…
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (44)

↓ダンスチームは動きが大きく速いので、写真に巧く撮れなかったが…中央左の白いシャツがディアーナさんで、中央右の赤が入ったシャツがポリーナさんだ。
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (3)
↑女性ダンサー2人は、稚内に初めて登場である…

↓そして<テーレム>の稚内公演では、この人を忘れてはならない!レオニード・ミロノフ師である。
an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (1)
↑長くコルサコフの学校で、日本語を担当する講師を務めていた経過も在り、教え子達は彼を「センセイ」(先生)と呼んでいた。そんなことも在って、稚内でも一部に彼を「センセイ」(先生)と呼ぶ人達も在る…そういうことで、何となく「ミロノフ氏」というより「ミロノフ師」と書いてしまった…

ミロノフさんは、最近では<テーレム>に帯同して公演の時に司会を務めていることで、稚内では御馴染みになっている。何か、「他所から来て稚内に滞在中」というよりも、既に「地元の名物おじさん」という存在感さえ在る。<テーレム>の公演に関しては、司会を務めるに留まらず、稚内の関係者との連絡調整や公演来場者に配布するパンフレット作成の助言や、その他何でも手伝っているという「縁の下の力持ち」である。恰幅が好く、本当に力持ちに視えるが…

現在は第一線を退いたようだが、彼は稚内とコルサコフを始めとするサハリンの友好都市との交流を永く支えてくれた人物の一人でもある。色々な活躍が在った。加えて、彼は日ロ両隣国の交流に多少なりとも関心を寄せるコルサコフの児童生徒に日本語や日本のことを教える活動に講師として携わっていた。善隣交流の功労者でもある…

こういうようなメンバーによる<テーレム>の公演。始まったばかりなので、「未だ機会は幾らでも…」と思っている間に、存外に早く「明後日で最後?!」というような感じになってしまう…機会を設けて、然程拙宅から遠くない会場での催しでもあるので、何回か足を運んでみたいものだ…

an evening at Wakkanai on FEB 16, 2017 (58)








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2017年01月14日

フォトブック完成!!「7+1」で8冊…

年末の札幌での“居候”な過ごし方の中、足掛け3日、3回に分けて発注していたフォトブック…最初のモノが若干先行で届き、やがて残る2回分が纏めて届き、「7+1」の8冊が完成した。

↓出来上がったフォトブックだ!!
my photobooks on JAN 13, 2017 (1)
↑こんなに集まると、なかなかに壮観だ…

(※ “ブツ撮りスタジオ”でもないが、よく行く近所の喫茶店でテーブルを拝借してモノの画を撮っておいた…木目のテーブルが、こういうことに使い易い…店主氏に感謝…)

以前に、関西で撮影したモノクロ画のフォトブックを纏めた際に気に入った、概ねA5版のようなサイズの縦型、「小ぶりな雑誌」のような体裁のモノで今回は統一してしまった…

今般、「11月下旬から12月初めの旅」で撮影した画によるHDR画をテーマ毎に纏めた7冊に加えて、年末の札幌で撮影した路面電車のモノクロ画で1冊を纏めた。故に「“7+1”で8冊」という言い方をしたくなるのだが…

以下、各フォトブックの表紙を…

↓京都鉄道博物館をテーマにしたモノ…私の好みで蒸気機関車関係が圧倒的に多いが…
my photobooks on JAN 13, 2017 (2)

↓奈良ということで、石上神宮、春日大社、興福寺を中心に…
my photobooks on JAN 13, 2017 (4)

↓鞆の浦の坂本龍馬を表紙に据えたのは「山陽路を往く…」と題したもので、神戸から岡山県内、広島県内を抜けて錦帯橋や柳井の山口県に至った道筋で撮った画を纏めたモノ…
my photobooks on JAN 13, 2017 (3)

↓これは福岡県内で撮影した画から…宗像大社や太宰府天満宮の画を含んでいる…
my photobooks on JAN 13, 2017 (6)

↓11月24・25・26日と撮影機会が多かった小倉城の画は、1冊の独立した型で纏めた…
my photobooks on JAN 13, 2017 (7)

↓鉄道博物館を除く、京都で撮った気に入った画を纏めた…
my photobooks on JAN 13, 2017 (8)

↓11月下旬の滞在で親近感が増した大阪で撮った画を纏めた…
my photobooks on JAN 13, 2017 (5)

↓そしてこれが「+1」の札幌の路面電車…オールモノクロの1冊…
my photobooks on JAN 13, 2017 (9)

↓今般、このサービスを利用してフォトブックを纏めた…
FUJIFILMMALL(フジフイルムモール)
↑このサービスを開いて…製本のタイプとサイズやページ数を決めて、使用画像データを送り込んで編集―“考え中”と表示され、概ね撮影日時順でレイアウト案が作られるが、それを色々と弄って、気に入るように調整する作業…―し、纏まったら発注という手順で、然程難しいことでもない…

このフォトブック…色々な利用の仕方が在るのであろうが…私は専ら「何処かで気に入った写真を沢山撮った時に纏めておく」という利用の仕方だ…「調子に乗った“写真集”」等と称し「世界に1冊!」と悦に入っている訳だが…「究極の自己満足」というような具合か…

こういう具合にフォトブックが纏まったのだが…他方で「11月下旬から12月初めの旅」で撮影した画に関しては…ほんの少々“未整理”も残り、更に年末年始にも随分と写真は撮っていて、それに関しても“未整理”が多々在る…
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2016年12月31日

2016年撮影HDR画:気に入ったモノ10選…

「2016年」は「あと〇時間」というようなことになった…

2016年は何となく「パッとしなかった…」ような気がする反面、「気に入った写真は多く撮った…」という気もする…

その「気に入った写真は多く撮ったという気もする」に着眼し、<気に入ったモノ10選…>を選んでみたい…

結果的に夥しい画が在る中、<気に入ったモノ10選…>は選び悪いのだが…敢えて“ベスト10”方式で選んでみる…

当然ながら…陸上競技やスピードスケートのようにタイムで優劣が判るでもなく、バスケットボールや野球のように得点で勝敗が決まるものでもないので、「何となく自身で気に入っている」という“だけ”の基準で、とりあえず10点を選んでみるというだけのことだが…

飽くまでも「2016年撮影」の画である…

【第10位】
Osaka Buisiness Park Station in evening on DEC 01, 2016 (1)
↑12月1日 大阪:クールな感じの地下鉄駅…非常に気に入っている画…

【第9位】
Wakkanai in morning on OCT 06, 2016 (10)
↑10月6日 稚内:散々写真を撮っている稚内港北防波堤ドーム辺りだが、この画の「降り注ぐ光」の感じは非常に気に入っている…

【第8位】
Okayama Castle on NOV 22, 2016 vol01 (8)
↑11月22日 岡山:青空を背景に、赤と緑に挟まれた、少し個性的な外観の城の天守閣が好い…

【第7位】
Kokura Castle on NOV 25, 2016 vol01 (4)
↑11月25日 小倉:早朝の小倉城の様子…

【第6位】
Port of Wakkanai on OCT 21, 2016 vol01 (5)
↑10月21日 稚内:酷く風が冷たく強かった日だった記憶が在る…稚内港の様子…

【第5位】
Wakkanai in early morning on OCT 29, 2016 vol01 (10)
↑10月29日 稚内:大変気に入っている稚内港北防波堤ドームの朝…

【第4位】
Wakkanai on MAY 08, 2016 (28)
↑5月8日 稚内:利尻富士の眺望…海と空の間に、白い雪山が浮かぶような感…

【第3位】
It looks like a Christmas Tree... at Biei on JAN 09, 2016 (3)
↑1月9日 美瑛:版画か何かのような感じに仕上がった…雪の丘陵に佇む木だ…

【第2位】
Himeji Castle area on APR 05, 2016 vol (1)
↑4月5日 姫路:姫路城辺りで桜が咲き乱れていた様が、強い印象を残す…

【第1位】
on the way to Wakkanai, AUG 21, 2016 (2)
↑8月21日 稚内へ北上の道すがら:「浮世絵」のような雰囲気の仕上がりが非常に気に入っている…

率直に…「10選」は酷く難しい…夥しい画には、各々に「撮った時の様々なこと」が背後に在って、そういうモノは同一次元で比較し得るのでもないのだ…そして出来て来た画も、各々に「特徴」が在って、それらも同一次元で比較し難い…それでも…「年末の話題」というようなことで、敢えて「10選」を試みた…

今年、このブログ等で拙作を御覧頂いた皆様に御礼申し上げると共に、来年も写真は撮って公開し続けると思うが、引き続き御覧頂けると大変に嬉しい。

posted by Charlie at 18:10| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

8冊のフォトブック…

11月下旬から12月初めに出掛けて、夥しい量の写真を撮った。その整理に手間取って、未だに「100%」の整理状況でもないのだが…他方で年末の札幌滞在中にも、多少の写真を撮った…

こうした夥しい写真を見ていると…「適宜、纏めておきたい…」という想いが募る…

そこで「フォトブック作成」に踏み切った…

従前から色々とフォトブックを作成している。ネット上のサービスを利用し、写真データを送り込んで、適当に編集すると「この惑星に1冊!!」という、「自作写真による、自身のための、自分のモノ」という“写真集”が出来上がる。これについて「調子に乗った“写真集”」等と呼んでいるのだが…

従前は、例えば何処かに出掛けると「一連の動きが判るような…」ということを念頭に纏めていた。これはフィルムとNikon NewFM2やその他のカメラを駆使して写真を愉しんでいた頃、「こんなことをしていたら、破産する…」と思いながらプリントした写真を眺め、プリントを選んでポケット式のアルバムに入れて整理していた“伝統”を踏まえたものだった…

近年は、特段に“プリント”を意図せずに「ドンドン撮ってしまう」ので、出掛けた先から戻った場面等では「取り扱い困難…」な程度の枚数に上る写真データが残る…そこで登場したのが、「テーマ毎に1冊」という方式だ…

「テーマ毎に1冊」という方式の過去例では…色々考えて、結局1冊か2冊出来上がるに留まることが多かった…が…今般は「それでも取り扱い困難…」と感じた。「纏めておきたい」と思えるモノが多かった…そして年末の札幌滞在でもそういうモノが増えてしまった…

結局、下記のように纏めた…

先ずは「11月下旬から12月初めに出掛けた」関係である…

《京都鉄道博物館を訪ねて》:11月下旬に関西を訪ねた“理由”の一つと言い得る<京都鉄道博物館>で撮影した、気に入っている蒸気機関車や、梅小路蒸気機関車庫の風情等を纏めた…

《京都》:かの山県有朋の別荘だった、「交渉が上手く進まない場合に日露開戦も止む無し」と重鎮達が1903年に打ち合わせを持ったという<無鄰菴>や、その近所の美しい南禅寺、更に日を改めて立ち寄った嵐山の天龍寺等々、纏めたい画が多かった…

《山陽路を往く》:神戸に上陸し、岡山県、広島県、山口県を「普通列車乗り継ぎ」でゆったり―他所の方から見ると、「酷く早朝から元気に…」と呆れるペースかもしれない…―と巡り、色々と気に入った風景に出くわしたモノを纏めた…岡山城や錦帯橋が殊に気に入っている。到着時の神戸の夜の感じも好い…

《奈良》:天理市内の石上神宮を訪ね、奈良市内に出て春日大社や興福寺に寄ったが、記憶に残る画が多かった…

《小倉城》:足掛け3日間で写真を撮り、結果的に「単独の被写体としては最も多く写真を撮った」という型の小倉城の表情…好かった!これらを纏めた…

《福岡県》:宗像大社、太宰府天満宮を訪ね、小倉を散策し、門司港エリアも散策し、二日市温泉に寄り、北海道在住の身には珍しく見える西鉄の車輌や、美しいJR九州の車輌も多く見て、纏めたい画が多く在った…

《大阪》:4月にも“仮宅”のように大阪市内に滞在し、何となく「親しみ」が沸くようになった街だが、今般も少し滞在して「親しみ」が強まった。定番と言えば定番ながら「私なりの流儀」で視た光景は忘れ難い…また<大阪歴史博物館>や<大阪くらしの今昔館>というような大阪市による博物館も、色々な意味で記憶に残るモノだった…そして「HOOTERSのチキンウィング」や「RICH GARDENのトリプルチーズバーガー」のようなモノも忘れ難く、早くも懐かしい…それらを纏めた…

上記7冊は、何れも「カラーのHDR画」を纏めたモノだ…

↓下記コレクションで、フォトブック掲載のモノ、未掲載のモノを交えた写真を御覧頂けるようにした…
>>Voyage : 2016 NOV-DEC (Western Japan)

続いて、札幌滞在で増えてしまった纏めておきたい画に関するモノだが…

《札幌の路面電車》:「路面電車でも眺める」と称して12月29日に街へ出たが…「雪が多くなった街で元気に動き回る路面電車」を視るのが楽しく、モノクロの画を多数撮った。そんなことで「路面電車のモノクロの画を纏めたい」という気持ちが強まり、「ついつい…」という感じで作ってしまった。降り頻る雪の中を往く<雪ミク>や、回転ブラシ状の装置で軌道の雪を跳ね飛ばす“ササラ電車”や、少し以前からの回らぬ街並みを駆ける「近未来?」というデザインの“A1200形”や、「札幌の路面電車!」という塩梅に見える旧型車等を纏めてみた次第だ…

↓下記アルバムで、フォトブック掲載のモノ、未掲載のモノを交えた写真を御覧頂けるようにした…
>>MONOCHROME - Tramcars at Sapporo on DEC 29, 2016

この一連の8冊のフォトブック…“居候所”と新札幌界隈との間位の国道沿いに在る“指定休憩所”(=ネットカフェ)にデータを持ち込み、足掛け3日間で発注した…恐らく…年明けに出来上がって、発送される運びであろう…待ち遠しい…

↓今般、利用したのは下記サービスである…ページが少な目の、特定のタイプであれば手頃にフォトブックを作成することが叶う…
FUJIFILMMALL(フジフイルムモール)

8冊のフォトブックが出来上がれば…順次、こちらでも御報告をしてみたいが…とにかく「出来上がり」が楽しみだ!!
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2016年02月08日

サハリンの写真に関すること…

<カメラレンズを通した外国人目線のサハリン>というような題名の記事が、サハリンのニュースサイトに登場した…

稚内の<稚内副港市場>を会場に、サハリンの写真を展示する写真展が、2月1日から2月29日の日程で開催中であることを伝えたものである…

展示されている写真…不肖私が撮影したものだ…何も“専門”という訳でもなく、「市井の愛好者」に過ぎない私の手になる拙い写真なのだが、概ね40点が1ヶ月に亘って展示されている…少し嬉しい話しではあるが、反面「やや気恥ずかしい」感じもする…

今や“ローカルアイドル”という感の、ユジノサハリンスクの音楽・舞踊のグループ<ルースキー・テーレム>の公演に合わせて、彼らが普段の活動を行っているサハリンの様子を写真で紹介する写真展を催すのは恒例化している。今年の写真展を計画する段で、拙作を眼に留めた関係者が在り、「これらの画で如何か?」ということになったのだという。私自身は、拙作の展示に異論は無いので、「では、ストックの中から面白そうなものを選ばれると善い…」と関係者に展示品の選定を委ねたのだった…が…展示内容の善し悪しと無関係に「あの男の写真だと?!何だ!?それは?!」と反対する方が多数出て来るのではとと思わないでもなかった…しかし、現時点では「概ね好評」な様子だ…

<カメラレンズを通した外国人目線のサハリン>とサハリンでも御紹介頂いたが…“外国人”とは私である…これに関連し、友人の一人は「あそこ(サハリン)で、貴君は“外国人”ということになっているのか?!」と冗談を言っている…実際、近年は一定以上の頻度で訪ねてはいるものの、長く住んでいる訳でもない…「“外国人”ということに?!」という冗談には、「Ha!Ha!Ha!」と笑う他無いのだが…

結局、サハリンという場所は「変化が激しい」感じである。故に“記録”として、見聞した街の景観等を撮っておきたいと感じる…ある年に訪ね、翌年とか翌々年に同じような場所を通ると「こんなモノが在った…か??」という新しいモノが出来ていたりするのだから…

また…少し早めに起き出して、「朝食前にその辺を一寸歩いてみよう…」というのは、何処であろうと心地好いことなので、サハリンでもそれを実践する…夜明けの雰囲気が、何時もなかなかに好いのがサハリンだ…逆に言えば…「朝の一寸した間合い」に「好きな写真でも撮る」というようなことをしたモノが積み重なったという感でも在るのだが…

↓写真展に展示する写真を選んだ“ストック”は概ね下記である…

Photomatrix - Sakhalin, Russia on SEP 2013

Photomatrix - Trip on 02-03 JUN, 2014 (incl. Sakhalin)

Photomatrix - Trip between 03-09 SEP, 2014(incl. Sakhalin)

Photomatrix - Visiting Sakahlin between 21 and 24 JUL 2015

Photomatrix - Visiting Sakhalin between 03 and 08 SEP 2015

<カメラレンズを通した外国人目線のサハリン>というサハリンの記事には、上記から選んだ、「サハリンのライターの目線で、好いよ思われた画」が掲出されている。これも多少興味深い…

正直なところ…「写真展を…」ということで拙作がなぜか取り上げられたということ自体が「一寸したニュース」なのだが、それが「サハリンのニュース記事に出る」というのは「少々、驚くべきこと」だ…それを祝して…大切に置いて在った「えびの市内限定販売」の<明月プレミアム>を愉しく頂く夕べである…
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2016年01月08日

旭川→美瑛→旭川の車中にて…(2016.01.08)

旭川駅で富良野行の列車に乗車した。キハ150系…ディーゼルカーの1輛運行の列車だ。

4人掛けクロスシートに、地元の方と見受けられるやや高齢な方が1人で居たので「空いている」と視て「構いませんか?」、「えぇ、どうぞ…」で腰を下ろした。

発車間際に、やや遅れていた各地からの列車からの乗換と見受けられる乗客が大勢乗車して、車内が少しだけ込み合った感じになった…間近で韓国語らしい外国語を話している人達が居て、少し離れて中国語の種類の何れかと思われる外国語を話している人達が居てと、何やら不思議な感じになった。日本人の乗客は「1人」で乗車している人が目立ち、外国人は「連立って」の乗車で、自ずと日本人は喋っていない他方、外国人が喋っているので「北海道!!」という風景の中で、「JR北海道のみが装備している形式の車輛」の列車の車内で「外国語だけが聞こえている」様子である。強いて言えば、停車駅を案内するテープの声と、乗降客に乗務員が「ありがとうございます」とか「どうぞ」と声を掛けているのだけが日本語だ…

空いていた2席に、後から来た乗客が腰を下ろした。それは珍しくないが、その中の一人が地元の方と見受けられるやや高齢な方に向かって「こんにちは!」と言い出した。傍で視て「やや変わっている?」と思ったのだが…同時に座ったもう一人の乗客と、何やら韓国語らしい外国語で話している。

やがて、地元の方と見受けられるやや高齢な方は「下りますから、一寸通してください…」と言って席を立ち、去った。「こんにちは!」と声を掛けていた外国人は「さようなら」と言っていた。そして、その人の一行の別な一人が空いた席を占めた…

そして1分か2分すると…先程の「こんにちは!」の方が、何やら私の方を見ている。やはり「こんにちは!」と言い出した。「こんにちは…」と応じた。

更に「I'm from Korea」と言い出した…内心「だから…どうした?先程から、それと思しき言葉を話していて、恐らくそうだとは思っていたが…」と考えながらも…「From Korea? Holiday trip?」と応じた。向こうは嬉しそうに、ジャパンレイルパスで旅行中で3日目であるというようなことを英語で言う。こちらは、「ではソウルから新千歳空港に入り、北海道内各地を列車で訪ねているのか?」と英語で応じる。

先方は…その英語への返答に窮した…そして「日本語…判ります…」と言い出す。日本語で同じことを言えば、「そのとおり」と応じた。何でも…札幌に泊まり―御本人は“ゲストハウス”と称していた…―、昨日は小樽方面に出て、今日は旭川方面なのだそうだ。明日は登別と言うから、「旭川から登別は遠いのでは?」と問うと、夜までに札幌へ戻り、明日は札幌から登別へ行くのだそうだ。

聴けば、その方は学生で、学校でも日本語を学ぶらしいが、実践的な会話はアニメやらコミックで知ったという話しだ…DVDのようなものは高価で入手し難く、ネットの動画等を視るのだそうだ…そして、韓国では積雪が見受けられるような地域は限定的で、車窓のような景色は何もかもが珍しい様子で、話し掛けて来た方自身を含む御一行は、旅行を楽しんでいらっしゃる様子が伺えた…私自身…韓国は「未踏」で、釜山が在って、ソウルが在る位しか承知していない訳だが…

やがて「旅行か?」と問われたので「そうだ…」と応じると、「何処から?」ということになる。「稚内から…」と言えば、先方は「途轍もないものを見た…」というような具合に驚く。ハッキリ言えば、鹿児島辺りで、例えば“屋台村”辺りで言葉を交わした地元に方に「稚内から流れ着きまして…」と話した時の“10倍以上”は驚いていた…そして、「駅のスタンプって在るのか?」と言い出すので、稚内は日本の鉄道駅としては最も北に位置していて、スタンプのようなモノは当然在る他、旭川から250q以上在って少々遠いことも申し添えた…

そうこうしていた間に列車は美瑛に…「好い旅を!Have a nice journey!」で御一行と別れた…

美瑛では、駅前の観光案内所で情報を仕入れて<マイルドセブンの丘>への“遠足”を催行し、折良く開催中だった菊池晴夫写真展で美瑛を題材にした秀逸な作品を愉しみ、駅で旭川に向かう列車を待った。

そして改札が始まり、ホームで列車の入口に向かうと、何やら「うわぁー」と歓声を上げている人が居る…音の方を振り返ると…往路の車中で話し掛けて来た韓国の学生さんだった…「こんにちは!」と私の方も手を挙げて挨拶をした…

復路の車中で、韓国の学生さんはさり気なく私の近くに陣取った…「何処へ行きましたか?」と話し掛けるので、<マイルドセブンの丘>を訪ねてみた旨を伝えると、先方は<ケンとメリーの木>を訪ねたと言い、スマートフォンの画を見せてくれた。「佳いじゃないですか」という意味で、親指を挙げる仕草をして見せた。

どうやら一行の中に、旅行が得意なのか、経験者なのか、幹事役の方が居て利用する列車や訪問先等を一生懸命に計画して、精力的に動き回っている様子だ…

列車が北上する中、学生さんは「旭川で下りてしまうのか?」と問うので、「そうだ」と応じた。すると「駅のホームで一緒に記念写真を撮ってくれないか?」と言い出す。断る理由も無いので応じることにした…

やがて列車が旭川駅に着いた後、記念写真に収まった…「“稚内”というとんでもない場所から来たというおじさんに出くわした…」と先方の好い思い出にでもなって頂けるのなら、それは善いように思う…御一行には楽しく充実した旅を続けて頂きたいものだ…

件の学生さん…多分、何処かの地方の真面目で好奇心旺盛な方なのであろう。「日本語を勉強しているから…」と傍目に「一寸変わっていないか?」も気にならずに出くわす人々に話し掛け、何やら当たり障りのない世間話をしたい様子だった…こういうのも「各々のお楽しみ」の一つだろう…

実際…美瑛では、「寧ろ外国人旅行者が多数派?」にも見えるような感じであった…彼らの声ばかりが聞こえるような雰囲気も少々不思議ではあるのだが、彼らは各々に事前の情報収集なり、道すがらでの何かなりで、「各々のお楽しみ」を追っている…

近年は「外国人が来訪」という例がどんどん増えているのだが…それに関して、何やら“インバウンド”と総称している。個人的にはこの“インバウンド”という言い方に「微妙な違和感」を感じている。と言うのは「やや不自然な“記号化”」のような気がするからだ…彼らもまた、「各々のお楽しみ」を追って旅行をしているに過ぎず、“外国人”であるのは「偶々」なのではないだろうか?そんなことを考えながら…宿の部屋で少しだけ写真を整理していた…
posted by Charlie at 19:28| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

幸運??―2015-16の年末年始休業に突入…

「居候生活」(※「実家で寛ぐ」とも言う…)は3日目、実質2日目に入っている。

札幌は、稚内より寒い感じがする…或いは、こちらに来た辺りで「一段階気温が下がる」というような現象が生じたのかもしれないが…

12月25日午後に稚内を発ち、旭川を経て札幌に入ったのは12月26日午後であった。<青春18きっぷ>を手に、全行程を普通列車で移動だ…

旭川では、2月に気に入って以来、5月、8月、11月と臨時休業や貸切営業の故に、旭川に滞在していても立寄ることが叶わなかった店でゆったりと食事を楽しんだ…

↓これが、「九州で見受けられる鶏刺」的な感じの<鶏わさ>…
Evening at Asahikawa on DEC 25, 2015 (2)

↓建物の地階に下りて行く店だ…
Asahikawa on DEC 25, 2015 (4)

更に「営業している限り、旭川で時間が在れば、殆ど確実に寄る」店で<ズブロフカ>をロックで頂いた…

↓こういう感じで<ズブロフカ>を…
Evening at Asahikawa on DEC 25, 2015 (7)
↑少し久し振りとなった<ズブロフカ>…美味かった!!

↓旭川では、輝くクリスマスツリーを見掛けたのだったが…
Asahikawa on DEC 25, 2015 (2)
↑朝に旭川を発つ頃には、スッカリ撤去されていた…こういう「妙な素早さ」に毎年少々驚く…

↓旭川に寄れば“御挨拶”に立寄る<サキソフォン吹き>のおじさんは、夜から朝の雪で酷いことになっていた…
Morning at Asahikawa on DEC 26, 2015 (2)
↑こうやって雪が降っても、交通への影響は無かった…

札幌へ向けてはゆっくりと出発し、札幌駅周辺や新札幌駅周辺に道草で「居候所」(※「実家」とも言う…)に辿り着いた次第だ…

実質的に「居候生活」の“第1日”となった12月27日は、“ループ化”の営業を始めた、札幌の路面電車を視察することで明け暮れた感である。朝から夕方まで、昼食と“休憩所”での動画整理を含めて、札幌都心部で過ごしていた…

この間…巷では「一寸大変…」ということになってしまっていた様子だ…旭川から深川へ向かう途中のトンネルで火災が発生して列車の運行が乱れてしまい、更に吹雪で高速道路が止まったことで札幌・旭川間のバスが運休してしまい、「旭川以南に進み悪い」という事情が生じていた…

「たった1日の違い」で「移動の様子」は大きく変わった次第だ…「幸運」ということになるだろうか?

私が移動していた際には、「時季としては、やや雪が少ない?」という中、私が乗車した列車については目立った遅延も生じることなく、「愛すべき普通列車」を順調に乗り継いだのだ…

↓特筆すべきは「旭川・岩見沢の普通列車」で、電化されている区間ながら、電車ではなくディーゼルカー、それも旧いキハ40が使われていた。左が乗車した列車で、右は宗谷線を名寄方面へ北上する列車だった。
Asahikawa Station on DEC 26, 2015 (1)
↑因みに…名寄以北の普通列車はキハ54ばかりで、キハ40は原則的に見られない…

昨日は方々で悪天候であったらしいが、札幌は穏やかなものであった。但し、「手袋無し」で少々長く戸外に居るとキツい感じになるというようなことは在ったが…昨日は、一部箇所で見受けられる歩道橋に上がって、路面電車を眺めるというようなことはせず、“新規ルート”という型になる箇所を中心に、路面電車を眺めたり、一日券で乗車する等していたのだった…

↓新設された<狸小路停留所>の、風雪避けのアクリルに姿を映し込みながら、A1203が駅前通を北上…「新しい風景」という感じだ!
Sapporo on DEC 27, 2015 (23)
↑昨日は、こんな様子を眺めて楽しんでいた…

少しばかり、細かい用事を足しながら、漫然と過ごしている感だが…「年末年始休業」というのは、こういうようなモノなのかもしれない…
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2015年12月15日

稚内の12月頃:積雪の感じの推移…

実はこの数日、「積雪期向け」でもない、春から秋に散々履いていた履物を使っている…積雪が非常に少ない…と言うより、殆ど無い…

↓2015年12月12日の様子…
Morning on DEC 12, 2015 (1)
↑積雪前の時期と何ら変わりが無い…

積雪について、多少の増減のようなものは在ろうが、「今年のような様子」はこの時季には「やや珍しい」感じがする…

眼に留まる範囲で、「12月半ば頃に稚内で撮った画」というのを一寸見てみた…

↓2014年12月14日の様子…
Wakkanai on DEC 14, 2014 (1)

↓2013年12月13日の様子…
Wakkanai on DEC 13, 2013 (1)

↓2012年12月14日の様子…
Wakkanai on DEC 14, 2012 (1)

↓2011年12月15日の様子…
Wakkanai on DEC 15, 2011

↓2010年12月15日の様子…
DEC 15, 2010

↓2009年12月15日の様子…
DEC 15, 2009 Wakkanai

↓2008年12月20日の様子…
Wakkanai

2008年の画に関しては、「12月15日前後」の画が見当たらず、12月20日撮影のモノを持って来た。(序でに、以前の稚内駅の駅舎が写っているモノだったが…)

こうして観てみると…「12月半ば頃の稚内」というものは「積雪が辺りを覆う感じ」で、吹雪いたり、除雪作業の車輌が登場するような時季なのである。

対して今季は…「もう直ぐ、雪が積もる季節になりますねぇ…」という雰囲気だ…

こういう具合になると、時々「過去に在った不思議な状況」が話題になる。あれは1990年代だった…精確に年次が思い出せない程度に「古い話」になってしまっているが…一度だけ在ったのが、「12月30日頃まで積雪が殆ど見受けられず、12月31日の夜間から日付が変わった辺り、更に1月1日の日中まで雪が降り、瞬時に景色が変わった」ということが在った…あの時は、何故12月下旬に及んでも積雪が無かったのか、よく判らないが、気温は氷点下に下がる日が多かった。降雪も在る沿岸の気候である筈が、何か“内陸”的になってしまっていた…あの時は「雪を被っているのが普通な箇所が露出して、気温が氷点下」という状況で、「余り例が無い箇所で水道管に異状」ということが多発していたらしい…

その「不思議な状況」と今般の状況は少し違う…気温は然程下がっていない…日中はプラスの気温である。深夜や早朝もプラス1℃とかプラス3℃かもしれない…

とにかく不思議な感じがするのだが…こうなれば話題になるのは…「多少の増減は在っても、シーズンを通じた雪の量は“帳尻が合う”という感なのではないか?!」ということである…
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2015年11月18日

モノクロ写真で振り返る5,300km…(2015.10.21-11.01)

現在、自身の“1号機”として愛用しているデジカメは<P7700>で、2013年の秋に入手したモノだ。「佳さそうだ…」と暫く“製品情報”を視ていた或る日、「後継機種<P7800>」の登場が伝わり、両者の仕様を見比べて大きな差が見当たらない気がした他方、価格的には<P7700>が「ガクン…」と下がったので、「好機到来!!」と入手した経過が在った。現在となっては、メーカーのカタログから、この<P7700>の系譜と一目で判る製品は見当たらなくなってしまっている…他メーカーでは、未だ「こういう感じのモノ」は見受けられるのだが…

この<P7700>では、主にカラー写真を「AEブラケット」(適正、アンダー、オーバーと露出を1段階ずつ換えて連写)という設定にして撮影しているのだが…この機種はダイヤルを一寸だけ弄ると、“EFFECT”なるモードになり、<クリエイティブ・モノクローム>と称するモノクロ写真が撮影出来る。同じモノ、同じ場面でも、カラーとモノクロでは出来上がった画の感じが異なって面白い…最近、それが気に入ってしまっていて、カラー撮影の合間に随時モノクロ撮影も行っている…

今般の10月21日から11月1日の旅でも、このモノクロ撮影を行った。かなり大雑把に、「鉄道車輛関係」と「鉄道車輛関係以外」という分類で纏めてみたのだが、総数は500枚を超えてしまった…

カラー写真に関しては、「AEブラケット」で撮った「5枚組」を駆使してHDR画を創り、ブログ上では「ランダムに、思い出すままに」というやり方で、写真に関連する事項を纏めているのだが…「大まかな旅の流れ」は巧く纏まらない…

そこで思い付いたのが、「概ね時系列に、代表的(??)と思われるモノクロ画を取上げて並べる」モノである。これで、「大まかな旅の流れ」を振り返り易くしようと思う…

【10月21日】

↓午後早く、稚内駅から出発…
at Wakkanai Station on OCT 21, 2015 (3)

↓幌延を経て、名寄、旭川、滝川、岩見沢と南下…
at Horonobe Station on OCT 21, 2015 (1)

↓夜遅くに札幌に至り、夜を明かした…
Sapporo on OCT 21, 2015 (1)

【10月22日】

↓早朝から新千歳空港を目指した…
New Chitose AP on OCT 22, 2015 (8)

↓午前中のフライトで神戸空港に到着…
Kobe AP on OCT 22, 2015 (1)

↓ポートライナーで三宮に出た…
at Sannomiya Station on OCT 22, 2015 (3)

↓三宮で地下鉄に乗車し、山陽電車に乗り継いで姫路に至った…
at Himeji Station-Sanyo on OCT 22, 2015  (2)

↓姫路の街を歩き…
Himeji on OCT 22, 2015 (1)

↓“大修理”を終えたばかりの姫路城に至り、見学をした…
Himeji Castle on OCT 22, 2015 (8)

↓全般的な配置、建物という大まかなところから、建物のディーテールに至るまで、ゆっくりと愉しんだ…
Himeji Castle on OCT 22, 2015 (7)

↓日頃は縁が薄い新幹線に乗車してみたくなり、姫路から新幹線の列車に乗車して北九州の小倉に至った…
at Kokura Station on OCT 22, 2015 (1)

↓小倉駅のJR九州の窓口で<SL人吉>の席が取れるか否か、「多分、満席でダメであろう…」と思いながら尋ねてみると…翌日の席を確保出来た!!やや強引に、再度新幹線の列車に乗車して熊本に至った…この日は熊本泊り…
at Kumamoto Station on OCT 22, 2015 (1)

【10月23日】

↓朝から熊本駅へ…
Tramcars at Kumamoto on OCT 23, 2015 (1)

↓熊本駅に、8620型蒸気機関車が牽引する列車、<SL人吉>が登場!!
'SL HITOYOSHI' at Kumamoto Station on OCT 23, 2015 (1)

↓<SL人吉>の素敵な客車に乗せて頂いた…
'SL HITOYOSHI' at Kumamoto Station on OCT 23, 2015 (8)

↓熊本を発った<SL人吉>は南下を続けた…
'SL HITOYOSHI' at Isshochi Station on OCT 23, 2015 (2)

↓人吉に到着した…
'SL HITOYOSHI' at Hitoyoshi Station on OCT 23, 2015 (4)

↓人吉から<いさぶろう>に乗車…
'Isaburo' at Hitoyoshi Station on OCT 23, 2015 (2)

↓列車は苦心の末に敷設された山間の鉄路を進む…
View from train 'Isaburo' window on OCT 23, 2015 (1)

↓<いさぶろう>は画の矢岳から山を下って、鹿児島県の吉松まで進んだ…
'Isaburo' at Yatake Station on OCT 23, 2015 (1)

↓吉松で<はやとの風>に乗換えて、鹿児島中央駅に至った…
'Hayato-no-Kaze' at Kagoshima-Chuo Station on OCT 23, 2015 (1)

↓少し「勝手知った」感の鹿児島で過ごす…大きな催事の故に宿が取り悪く…ネットカフェで夜明かしを…
Tramcars at Kagoshima on OCT 23, 2015 (1)

【10月24日】

↓鹿児島では「気に入った風景」を訪ねる等して過ごした…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (6)
↑画は、古い石造の橋を移築して保存している、<石橋記念公園>…

↓桜島の眺めが好かった…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (18)

↓「実に鹿児島らしい!」感じの看板…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (16)

↓鹿児島中央駅に停車中だった新幹線の列車も眺めた…
'Shinkansen' at Kagoshima Chuo Station on OCT 24, 2015 (1)

↓今般は「ザビエル来日」の史実を伝える場所にも寄ってみた…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (20)

↓鹿児島から、バスで宮崎へ向かった…
Bus to Miyazaki on OCT 24, 2015 (1)

↓夜、少し遅めになって宮崎に至った…宮崎の宿に連泊した…
Arrival at Miyazaki on OCT 24, 2015

【10月25日】

↓この日は宮崎でゆっくりしていた…
Miyazaki on OCT 25, 2015 (14)

↓街が“エキゾチック”に見えた…
Miyazaki on OCT 25, 2015 (2)

↓宮崎神宮や県立総合博物館を視た後、県庁の建物を眺めた…
Miyazaki on OCT 25, 2015 (18)

【10月26日】

↓宮崎を発ち、日豊本線を北上…美々津に立寄った…
Mimitsu, Miyazaki pref. on OCT 26, 2015 (5)

↓美々津の<日本海軍発祥之地>というのが記憶に残る…
Mimitsu, Miyazaki pref. on OCT 26, 2015 (3)

↓美々津から北上し、延岡に向かった…
Nobeoka Station on OCT 26, 2015 (1)

↓延岡城址を訪ねた…
Nobeoka Castle on OCT 26, 2015 (10)

↓大分県側へ向かう普通列車が極端に少なく、延岡駅周辺で少々待った…
Nobeoka, Miyazaki pref. on OCT 26, 2015 (9)

↓こんな店で車中用の飲水を仕入れてみたりした・・・
Nobeoka, Miyazaki pref. on OCT 26, 2015 (7)

↓待望の、県境を越える列車が延岡駅に登場!
Nobeoka Station on OCT 26, 2015 (2)

↓所謂“秘境駅”というモノであろうか?宮崎・大分県境の区間に在る宗太郎駅で、少々停車時間が在る…
Sotaro Station on OCT 26, 2015

↓大分県側に至り、夜になっている中で、更に北上を続ける…
Beppu Station on OCT 26, 2015

↓大分県内の大神駅で、この日最後の列車に乗り、遅めな時間帯に小倉に至り、小倉のネットカフェで夜明かし…
Oga Station, Oita pref. on OCT 26, 2015 (2)

【10月27日】

↓早朝の小倉駅から出発…
Kokura Station on OCT 27, 2015 (1)

↓彦山線を行き、「夜明」という名の駅を通って日田に至った…
Yoake Station on OCT 27, 2015

↓日田の豆田町で少し過ごした後、久留米を目指した…
Hita Station on OCT 27, 2015 (2)

↓日田駅で、初めて<ゆふいんの森>を間近で視た…
Hita Station on OCT 27, 2015 (3)

↓久留米に至った…駅の通路が凄く立派だった…
Kurume on OCT 27, 2015 (1)

↓久留米の水天宮を訪ねてみた…
Kurume on OCT 27, 2015 (4)

↓久留米から博多に至った…
Hakata Station on OCT 27, 2015 (1)

↓福岡・天神で友人に会い、この日は夜行バスに乗車することに決めた…
Fukuoka on OCT 27, 2015 (2)

↓博多駅傍のターミナルから、広島を目指した…
Fukuoka on OCT 27, 2015 (3)

【10月28日】

↓早朝の広島で…早速に原爆ドームを眺めた…
A-Bomb Dome at Hiroshima on OCT 28, 2015 (3)

↓広島は路面電車が元気一杯に活躍している街でもある…
Tramcars at Hiroshima on OCT 28, 2015 (1)
↑この日は、路面電車の1日乗車券を手に街を動き回った…

↓『空白の天気図』という本を通じて感心を寄せていた、<江波山気象館>(旧広島地方気象台)を訪ねた。
Ebayama Museum of Meteorology at Hiroshima on OCT 28, 2015 (1)

↓明治末年の煉瓦造建築を活かした<郷土資料館>にも立ち寄った…
Hiroshima City Museum of History and Traditional Crafts on OCT 28, 2015 (2)

↓市内で活躍中の、新旧様々な路面電車に乗車したり、眺めたりしていた…
Tramcars at Hiroshima on OCT 28, 2015 (8)

↓広島城の眺めが美しかった…
Hiroshima Castle on OCT 28, 2015 (3)

↓日が傾くような頃、この日の出発点だった原爆ドームの辺りに戻った…
A-Bomb Dome at Hiroshima on OCT 28, 2015 (14)

↓今般の旅で3回目の乗車となった新幹線の列車で、姫路へ移動した…
Himeji Station on OCT 28, 2015 (1)

↓姫路駅の新幹線ホームから、姫路城が見えた…
Himeji on OCT 28, 2015 (2)
↑この夜は姫路駅近隣のネットカフェで夜を明かした…

【10月29日】

↓山陽電車で姫路を出発し、舞子公園に立寄り、明石海峡大橋を眺めた…
Kobe on OCT 29, 2015 (5)
↑この舞子公園辺りが、神戸市の西端寄りの地域に相当するらしい…

↓神戸市内を動き回る中、<鉄人28号>とも対面した…
Kobe on OCT 29, 2015 (17)

↓神戸の旧居留地地区を歩き回った…
Kobe on OCT 29, 2015 (20)

↓見学した<神戸市博物館>の階段…嘗て銀行であったという建物を利用したもので、展示も好かったが、建物も面白かった…
Kobe on OCT 29, 2015 (21)

↓街の緑地では、何やら不思議なオブジェを飾っていた…
Kobe on OCT 29, 2015 (22)

↓神戸三宮から、大阪難波を経て、真っ直ぐ奈良へ向かう、阪神・近鉄が直通の列車に乗車して奈良に至った…
Nara on OCT 29, 2015 (23)

↓鹿が多く居る奈良公園を散策…“エゾシカ”を見慣れている眼で公園の鹿を視て「小さい…」と驚いていた…
Nara on OCT 29, 2015 (7)

↓この日は、奈良に押えてあった宿に入り、ゆっくり休んだ…
Nara on OCT 29, 2015 (22)

【10月30日】

↓近鉄奈良駅から、京都へ向かう急行列車に乗車した…
Kintetsu-Nara Station on OCT 30, 2015

↓唐門が美しい西本願寺に立寄り…
Honganji Temple (West or Ryukoku) on OCT 30, 2015 (6)

↓太鼓楼に在った案内を視て、新選組のことを思い出した…
Honganji Temple (West or Ryukoku) on OCT 30, 2015 (4)

↓新選組の面々も寄っていた筈の島原に立寄り…
Shimabara area, Kyoto on OCT 30, 2015 (2)

↓何度視ても、物々しい感じがする京都駅を経由しながら…
Kyoto on OCT 30, 2015 (6)

↓門扉に鉄砲の弾の痕らしきものが見受けられる蛤御門に至った…
Kyoto Imperial Palace on OCT 30, 2015 (1)

↓蛤御門が「駐車場のゲート」のような様相になっているのを視て、「どういうことなんだ!?」と思ったが…期せずして、「京都御所一般公開」の日だった…
Kyoto Imperial Palace on OCT 30, 2015 (2)

↓事前に何らかの手続きをしていた訳でもないので、入ることが叶わない場合も在ると思いながら近寄ると…アッサリと、普通に見学出来た…
Kyoto Imperial Palace on OCT 30, 2015 (9)

↓京都から大阪に至り、天王寺の宿に入った…
Osaka on OCT 30, 2015 (10)

↓大阪へ行くと、視たくなる「ジーン・シモンズのブーツ」とも対面を果たした…
Osaka on OCT 30, 2015 (8)

【10月31日】

↓天王寺の宿で朝を迎え、近隣を散策…四天王寺を訪ねた…
Shitennoji-Temple, Osaka on OCT 31, 2015 (2)
↑早朝から、存外に多くの人が訪れている感じに少々驚いた…

↓阪堺の路面電車で、天王寺から南下しながら堺を経て関西空港を目指すこととして動き始めた…
Tramcars of Hankai Tramways Co. on OCT 31, 2015 (2)

↓通天閣の在る新世界に立寄った…
'Shin-Sekai' area, Osaka on OCT 31, 2015 (2)

↓自身を含む「大阪以外の人々」が「大阪!!」と思うような雰囲気に溢れている界隈だと思ったが、ここで頂いた串カツが秀逸だった…
'Shin-Sekai' area, Osaka on OCT 31, 2015 (6)

↓住吉大社訪問には、阪堺の路面電車は非常に便利だ…
Sumiyoshi-Taisya Shrine, Osaka on OCT 31, 2015 (2)

↓住吉大社は、4棟の本殿が並ぶ境内に、注連縄が付けられた古木が在って、何か「神社らしい…」雰囲気に溢れている感じがした…
Sumiyoshi-Taisya Shrine, Osaka on OCT 31, 2015 (5)

↓七五三のお参りや、結婚式という人達も多く見受けられ、伝統を誇る格式が高い神社である他方、凄く地元の人達に愛されている住吉大社だと感じた…
Sumiyoshi-Taisya Shrine, Osaka on OCT 31, 2015 (13)

↓阪堺でも、最近は低床型の電車が導入された…
Tramcars of Hankai Tramways Co. on OCT 31, 2015 (8)

↓阪堺の沿線で色々と道草し、路面電車を眺めながら南海の堺駅周辺に至った…
Sakai on OCT 31, 2015 (1)

↓堺駅の少し先に、近代以降の港の歴史を伝える明治時代に建設された灯台が在ったことを思い出し、一寸眺めて来た…
Sakai on OCT 31, 2015 (6)

↓堺駅から関西空港を目指した…
Sakai Station on OCT 31, 2015

↓関西空港から“帰国”のフライトへ…
Kansai AP on OCT 31, 2015 (1)

↓新千歳空港に無事に到着し、列車で札幌駅に出て、駅の近隣のネットカフェで夜を明かした…
New Chitose AP Station on OCT 31, 2015

【11月1日】

↓無事に朝の都市間バスに乗車して稚内を目指した…画は羽幌での停車の時のもの…
Bus to Wakkanai at Haboro on NOV 01, 2015
↑バスは順調に進み、予定どおりに稚内へ到着…帰宅した…

日数がやや長いので、少し長大な内容になってしまったが…以上が「大まかな旅の流れ」だ…

↓ここで使用したモノクロの画や、その他のカラーの画は、下記の“コレクション”に纏めてある。表示される“アルバム”をクリックすると、各々の画が並ぶページが開くようになっている…
>>Voyage:2015 OCT-NOV (Kyusyu Area, Kansai Area and Hiroshima)

全く「出掛けるから撮る」のか、「撮りたいから出掛ける」のかよく判らないが、とにかく実に多くのモノを視て、思わず心動くという経験を重ねられるのが「旅に出る」という営みである…マダマダ気分的には“余韻”も強く残っているのだが、それでも「また一寸出掛けてみたい…」と頭の隅で思い始めていることに気付き、思わず苦笑いしてしまう…
posted by Charlie at 18:20| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月15日

<審査員特別賞>を受賞してしまった…―『鉄道写真コンテストin岩見沢 2015』

帰宅してみると…拙宅の鍵を開けてみると、郵便の“不在連絡”が郵便受けに入っていた…郵便局は「極々近所!」である…開けたばかりの鍵を閉め、郵便局へ向かい、モノを受取った…

↓届いたのはこういうモノである…
Prize on OCT 10, 2015

実は…岩見沢駅を盛り上げようという催しの一環として“鉄道写真コンテスト”というものが催されることを知り、応募していたのだった。今般は、「デジタルデータをメールで送って応募」という「実に手軽!!」な方式のものだったので、何となく参加してみることにしたのだった…

岩見沢駅…近年、私の中では、殊に<青春18きっぷ>を利用する場合等は「稚内・札幌間の移動の際に立ち寄る場所」というイメージの場所になっている。少し長い停車や乗換でホームに立ちながら、遥かな北である稚内を目指す道筋で「行程の“何分の一”だ?未だ1割強か…」と考える…或いは稚内から札幌を目指す際には、「長い行程の、半ば“最終区間”のようなものだ…ここから先、列車が混み合う…」と手荷物を気に掛ける…そんな場所だ…

他方、岩見沢は他界した祖母や伯父が住んでいた街で、幼少の頃から“親父殿”に連れられて何度も訪ねた場所で、地名を耳にすると「訳も無く懐かしい」というような風情も感じる…嘗て岩見沢駅は、現在では廃止になってしまった幾つもの路線が集まっていた場所で、なかなかに賑やかであったし、北海道内では最後まで「蒸気機関車が牽引する旅客列車や貨物列車」が発着していた駅でも在る。幼少の頃、駅近くの踏切で、当時の私には「化物のような、煙を吐いて駆け抜ける、黒いマシーン」と思えたD51機関車が牽引する貨物列車を視たことが、何年経っても完全には忘れられないのだ…

そんな岩見沢…現在では「“札幌圏”の北東の端」というイメージになっていると思う。故に札幌圏で活躍する、ロングシート内装の新型電車は札幌市内の駅と岩見沢駅との間を往来していて、確か岩見沢駅までは“ICカード乗車券”も使えるようになっていた筈だ…そして通勤、通学、その他で札幌市内等との間を頻繁に往来している人も多いようだ。だから、稚内から比較的静かな普通列車を延々と乗り継いで岩見沢に至ると「ここから先、列車が混み合う…」というようなことが思い浮かぶのだ…

岩見沢駅に関して、色々な想いも在り、「岩見沢駅で近年に撮影したモノでも応募しよう」と考え…応募して<審査員特別賞>を受賞してしまった…

↓題して『早春の黄昏』である…
Iwamizawa Station on MAR 21, 2014 (2)

これは2014年3月に「パッとしない…一寸出掛けてみるか…」と<青春18きっぷ>を手に、加えてJetStarの札幌・名古屋と東京・札幌の予約票を持って、然程詳しい計画も立てずに「ふらり…」と出た際のものだ。延々と列車を乗り継いで岩見沢に至り、紫系の「夕暮れ色」を醸し出す空の下に停車する711系電車を跨線橋からぼんやりと眺めてしまったのだった…

この写真を、審査員の中井精也氏が<審査員特別賞>に選んだ訳である…正直…そういう経験が全く無いので、少々驚いた…残雪に黄昏の中、惜しまれつつ引退した年季の入った車輌という画…自身でも気に入っているモノなのだが、それが「入賞」というのは、繰り返しになるが、驚きである…

<審査員特別賞>として、中井精也氏の著書を頂いた。写真撮影に関する解説の本だ。気軽に読めそうなので、ゆっくり愉しむことにしたい…

驚くと同時に、少し嬉しいニュースだ!!
posted by Charlie at 18:44| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月02日

稚内の花火大会!!(2015.08.02)

「8月第一日曜日」と言えば…稚内では花火大会だ!!

↓こういう按配に、港で花火大会を催すのが稚内の花火大会である…

↑毎年、他に都合が無い限りは観ている…

↓花火が上ると、花火の色に海水面が染まる…
Fireworks at Wakkanai on AUG 02, 2015 (5)

↓ボートで港内を動き回って海中に投下される水中花火と、打上花火とのコンビネーション…「稚内の花火大会!!」という“見せ場”のように思う…
Fireworks at Wakkanai on AUG 02, 2015 (18)

↓夜空も海面も輝くようになる…
Fireworks at Wakkanai on AUG 02, 2015 (14)

↓花火にも色々な種類が在って、何となく感心する…
Fireworks at Wakkanai on AUG 02, 2015 (11)

↓終盤の大きめな花火…稚内の花火大会は、海上なので“保安距離”が確保し易く、花火大会の規模の割には「大きい花火」が交じる…
Fireworks at Wakkanai on AUG 02, 2015 (47)
↑夜空に“銀河”を広げるような大きな花火…美しい!!

↓花火の写真のアルバム…
>>Fireworks at Wakkanai on AUG 02, 2015 | Flickr - Photo Sharing!

今年の花火大会は、日中が「暑い…」感じだった好天の日の開催だった…“一瞬”などとも言われる稚内の夏の「盛り」を象徴するような花火大会…実は毎年楽しみにしている…
posted by Charlie at 23:03| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月28日

“2015NBAチャンピオン記念グッズ”が太平洋を越えて届いた…ウォリアーズ万歳!!!!

偶々観戦した負け試合…その日から「何時かは栄光を…」とウォリアーズに声援を贈り続けて来た…

「100失点でも101得点なら勝利」というのが試合というものだが、なかなか思惑どおりには行かないのが、試合終了のブザーが鳴る瞬間まで加点を争い続ける過酷なゲームというもの…「15チーム中で8位以内」と、理屈の上では「少しなりとも“勝ち越し”」で可能性が生じる“プレイオフ進出”からも永く見放され…正しく“玄関マット”の謗りを受け続けた…

「斯く戦い、斯く敗れたり」が延々と繰り返された中、倦まずにウォリアーズを応援し続けた…やがて「伝説!!」と呼びたいような事例も含めて、プレイオフ進出が見受けられるようになったが…それでもなかなか勝ち上がれなかった…

そんなウォリアーズ…“8連覇”という時代のボストンに在籍した選手以外では、殆ど経験者が居ないという「4季連続優勝」を経験している、稀有な強運の持主でもあるスティーヴ・カーをヘッドコーチに据え、2014-15シーズンの戦いに臨んだ…カーヘッドコーチは、「私は、史上で最も幸運なコーチか?」と言うが、この何シーズンかの奮戦で築き上げたものに、彼なりの味付けを加え、チームは快進撃を始めた…

↓見よ!!何物にも屈せず、過酷なゲームを戦い抜き、栄光を掴み取った男達!!我らがウォリアーズだ!!
'2015 NBA Champion' goods at last reaced my place on JUL 28, 2015 (3)
↑優勝が決まり、記念グッズの発売が始まり…これを視て、「何としても欲しい!!」と思った。カーヘッドコーチと各選手達の様子が、実に巧く捉えられたイラスト…「成し遂げた!!」という晴れやかな笑顔に見えるのが嬉しい!!

これを米国の業者に発注したのは優勝が決まった数日後だったが…出荷までに時間を要した…漸く、今日になって、拙宅に届いた!!これは…大切に保管して「家宝」と致す!!!

更に…

↓優勝が決まった時、選手や関係者が着たモノと御揃い!!
'2015 NBA Champion' goods at last reaced my place on JUL 28, 2015 (4)
↑折りよく「Tシャツの季節!!」である…これは…愛用しよう!!

愛用と言えば…

↓稚内では出番が多そうなプルオーバー…胸にさりげなく「2015NBAチャンピオン」のトロフィー型のマーク!!
'2015 NBA Champion' goods at last reaced my place on JUL 28, 2015 (1)

実に40年ぶりの「ウォリアーズ優勝」である…来シーズンはあっという間にやって来る…変わらぬ活躍を祈りたいものだ…
posted by Charlie at 19:39| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月19日

<ルースキー・テーレム> フェリー船上に登場!!(2015.07.19)

鏡面のようになっている早朝の海を見て…また天候も素晴らしいので「船日和!!」と思った…そう言えば「台風から転じる低気圧の影響が週末に…」という噂も在ったのだが…実際には「今季初めて“らしい”按配の“夏”に…」という感じの天候で、日中は20℃を少しだけ超えた…

こんな中…金曜日にサハリンから着いたグループ、<ルースキー・テーレム>が「船上公演」を催行するのが今日だったことを思い出した。船上公演を愉しみ、利尻に上陸して、一寸好い景色を観て、夕刻までに引揚げて…ということを思い付いた…

半袖のTシャツの上に、甲板で過ごす場合の“風避け”ということで、<HRCサンフランシスコ>のデニムジャケットを…裏地が無いので「分厚いシャツ」という感覚だが…陽射しが強くなると、多少暑かった…

船が動くと…メンバーや関係者が準備を始めた…様子を視て、公演が視易そうな少し高い位置に場所を確保した…地元ユジノサハリンスクでも、市の催事等で“音響係”のように現れて、マイクやアンプをセットしているリーダーのアンドレイ・メリニチェンコさんが中心になって、手際好くセットが進む…

↓そして始まった公演!!こんな具合に行われる…
'Russkiy Terem' from Yuzhno-Sakhalinsk 'on board' - JUL 19, 2015 (41)
↑今回は、ハッキリした色合いの衣装がなかなかに好いが、好天の空の下、加えて海の色に映える感だ…

洋上では多少の風は在ったが、穏やかな海なので殆ど揺れず、「滑走…」という具合に進む海上に歌声と楽器の音が広がった!!「この種の催し」として、これ以上は望み難い程の好条件の中、乗客が多めな「鴛泊(利尻島)経由香深(礼文島)行」の“朝の便”で“観衆”も多く、演奏会は盛り上がった!!

↓海をバックにバラライカとバヤン…何か妙に好い!!
'Russkiy Terem' from Yuzhno-Sakhalinsk 'on board' - JUL 19, 2015 (3)

↓このタンバリンも好い!!
'Russkiy Terem' from Yuzhno-Sakhalinsk 'on board' - JUL 19, 2015 (4)

何か、甲板で演奏や歌が登場すると、心浮き立つ感じになる。演奏会が終わる頃、進行方向には利尻の山がハッキリと美しく見えていた…やがて「記念撮影」ということになったのだが…船が鴛泊に着く直前まで、列は途切れなかった…なかなかに好評を博した!!

↓「船上公演」の模様…
>>'Русский Терем' on Ferry boat to Rishiri Island - JUL 19, 2015 | Flickr - Photo Sharing!

<ルースキー・テーレム>…暫くは愉しむ機会が続きそうだ…
posted by Charlie at 20:09| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

映画『KANO 海の向こうの甲子園』が本当に愉しかった!!!

ブラインドの隙間から朝の淡い光が射し込む中、<大阪ストロング>を静かに啜る…静かな朝に頂く珈琲の美味さが際立つのは、<大阪ストロング>そのものの美味さの御蔭だけではない。今朝は、何か深い満足感に包まれている…

“白夜映画祭”と称し、近所の映画館で「オールナイトで映画を上映」という催しをやっていた…その中で「この作品!?」と大変に気になっていた作品が在った。午前3時40分から午前6時40分というような時間帯で上映されることを知り…金曜日の夕刻に食事を愉しんでから直ぐ休み…3時台に起き出して、映画館に足を運んだ…

↓観た作品はこれだ!!


「近日公開」というような映画の情報に触れ…「これは!?」と「前のめり」に「観たい!!!!」という作品は出て来るが…近所の映画館で必ず上映されるでもないし、上映されている映画館が在る街へ行く機会が設けられるでもなく、機会が在っても映画館へ道草するゆとりが無い等、些か残念な思いをすることが実に多い…この『KANO 海の向こうの甲子園』もその「残念な思い」をした経過が在る作品であった…それが、街の催しというようなことで観られた!!実に善かった!!

1931年の甲子園…現在の高校野球の前身である“中等学校野球大会”が物語の主な舞台となる作品で、台湾南部に在った「嘉義農林学校」(“嘉農”が通称で、野球チームのユニフォームには“KANO”の文字が入る…)のチームが主役である。映画館のホールに陣取って映画を観ていて、「劇中の野球チーム」に過ぎないのだが、何時の間にか「チームに声援を贈るように、夢中になっている…」ということに気付いて、多少苦笑いもしてみたくなった…

物語は、1944年頃の或る日、フィリピン方面に向かう将校が、「嘉義に着いたら起こしてくれ…」等と言いながら、台湾南部へ向かう列車に乗車するような辺りから始まる。この将校が、「忘れ得ない1931年の甲子園に現れた“嘉農”」を振り返るという体裁…加えて“嘉農”そのものの様子を追うというような、双方の筋が交差するような按配で物語は展開する。

冒頭の将校…直後の“回想”で“中等学校野球大会”に出場した経過が在ることが判る。「札幌商業学校」のエース投手だったのだ。開会式の回想…北海道から九州までの各代表に加えて、“京城”(ソウル)とか“大連”というプラカードも見える選手入場が行われている。当時の“中等学校野球大会”では、“朝鮮”、“満州”、“台湾”という出場枠も在ったのだ…選手達が勢揃いした辺りで「交通事情により、到着の遅れているチームが…」と戸惑い気味に司会が言い出すと、どやどやと現れた一団が…それが“嘉農”であった。「甲子園!着いたぞ!」とガヤガヤしていて、「お前達!!並ばんかぁ!!」と監督が一喝…バタバタと集合した選手達の列に“嘉農”の面々が加わった…「何だ?この連中は?」という“失笑”、“冷笑”というムードで迎えられた無名チームという按配だった…

こうしてこの“嘉農”が甲子園へ至った経過が語られる…

“嘉農”の野球チーム…「一度も勝ったことがない」ようなチームだった…メンバーとなっている農林学校の生徒達は、中国系商工業者の息子や現地民農業者の息子、日本人の土木や農業の技術者の息子で、「多民族混成チーム」だった…

このチームに、学校の事務員で会計係の近藤が出くわす…更に、近藤が四国の松山で野球をやっていて、指導者経験まで在ることを知った農林学校の教員が、野球チームの指導をするように口説くのだった…

近藤は、松山で野球の指導が巧く行かずに飛び出し、台湾に流れて職を得た過去が在ることが示唆され、教員に口説かれても逡巡したが、結果的に監督を引受けた…「多民族混成チーム」で「勝ったことがない」ので揶揄され勝ちだったが、近藤は「“野球をやろう”とするのに、民族は関係ないやろう!」と言い切り、寧ろ守備が巧い日本人、打力の高い中国人、俊足の高砂族とメンバーの持ち味を組合せて佳いチームが造れる筈だと“熱血指導”を続ける…

こうした中…チームの面々は“熱血指導”に戸惑いながらも懸命に練習に励む。「甲子園!」を掛け声に近所でランニングをしていて、「妙なガキども…」と街の“名物”のようになって行く…そうした中で、チームは「闘う姿勢」を持つようになって行く…

やがて甲子園の“1枠”を賭けた「全島大会」が始まり、」“嘉農”の面々は次々と強敵に競り勝って優勝し、台湾代表として甲子園に向かうのである…

本作はチームの面々の成長物語でもあるが、監督を引受けた近藤が自身を見詰め直す物語でもある。「各々の持ち味で佳いチームを…」というのが、美しく、熱い…甲子園では1回戦に勝っても「揶揄的な見方」をする人達が見受けられたが…そんな人達までもが、“嘉農”の奮戦に心揺さぶられるのである…

久し振りに「この映画が観られて善かったぁ!!」と強く思った。実は今日、6月20日午後1時から、稚内ではもう一回この作品の上映が在る。未見の方で、稚内に居てお時間が許すなら是非!!素晴らしい作品だった!!
posted by Charlie at 08:18| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

1975年以来、40年ぶりに優勝のウォリアーズ!!万歳!!万歳!!万歳!!

「善いこと!!!」という話しの翌朝…「夢だったのか?」と疑ってみたくなることが在るのだが…今回は「夢ではない!!」のだ…

NBAの2014-15シーズン…リーグ王者を決めるプレイオフのファイナルは、“西”のゴールデンステート・ウォリアーズと、“東”のクリーブランド・キャバリアーズとの間で争われていた。対戦成績4勝2敗で、ウォリアーズはクリーブランドを破った。優勝だ!!本当に優勝した!!

ウォリアーズはNBAの草創期にフィラデルフィアに興ったチームで、フィラデルフィア時代に2回のリーグ優勝をしている。サンフランシスコ地区…ベイエリアに移転後は、1975年に優勝している。以来、優勝は無い…今回は「40年ぶり!!」なのだ!!

2007年に「第8シードが第1シードを撃破」という“奇跡”を演じ、ウォリアーズがプレイオフの1回戦を突破した時…「優勝でもしたような騒ぎ」だったが…今回は「本当に優勝」である!!私自身…昨夕は何時もの“W”に出掛け、「私としては珍しいオーダーですが…」とジョッキのビールを頼んで、「ウォリアーズ優勝おめでとう!!」と呑み干した…その以前に、夕刻に帰宅するや否や、「ウォリアーズの優勝を祝して乾杯!!」と一人でグラスの<明月>を呑み干して、一人で拍手までしてしまった…

2014-15シーズンのウォリアーズは、シーズン82試合を67勝15敗で終えた。パシフィック地区1位で、リーグ全体でも今季最高勝率だ…

「ウォリアーズの戦いぶり」と言えば…「100点取られたら101点取って勝つ!」という哲学を地で行くような感じが、何故か伝統のようになっていて…これは換言すると「1点差でも負けは負け」と紙一重で…「無理にシュートを?否、打たされている?」という展開が目立ってみたり、経験が浅い若手選手中心の布陣で、リーグ屈指のスターを擁する対戦相手に翻弄される一方だったり…何か「斯く闘い、斯く敗れリ」が延々と続く有様のシーズンが多かった…それでもオークランドで観た、根強いファン―「あんなチームを応援している奴なんか居るのか?!」とまで、米国のスポーツ関係のコラムに書かれていたことさえ在った…―、地元の老若男女―アリーナには、本当に近所のお年寄りという風情の方から、小学生位の可愛らしいお子さんまで集まっていて、好プレーに拍手を贈っている様子が視られる…―が試合を観ている中に混ぜて頂いて「何時か、このチームに栄光を!!」と応援し続けている。

67勝15敗という次元になると…“連敗”が殆ど記憶に残らない…何か「勝率を他チームと競り合った」というイメージさえ薄い…常時、半歩か一歩脱け出していた感じである。正直なところ、私は「恐ろしい…」と思った。「絶好調!!!」が「唐突に瓦解?!」という、「嫌だぁ!!!!」という状態が不意に訪れるような気がして怖かった…しかし…「東の果ての、凍る海の辺りで応援してくれている君!!心配無用!!」とばかりに、ウォリアーズはシーズンを通じて快進撃を続けてくれた…

今季は「我等が主将」ことリーの負傷欠場が目立った感だったが…カリーが「ステップアップを完全に果たした」感でチームを牽引していたように見える…ファイナルで対戦したクリーブランドは、かのレブロン・ジェームスを擁している。レブロン・ジェームスは2006年に札幌で視ている…漫画の『北斗の拳』に登場する強敵は、実際より大きく見えるように描かれて、身体の周囲にオーラが出ているようにまで描かれていたが…レブロン・ジェームスも正しくそんな迫力が漲っていた選手だった…ウォリアーズのカリーは、そのレブロン・ジェームスの世代の「少し後の世代」ということになるが、今季の奮戦の中で「対等、または対等以上に渡り合う」という感になった。そして破った!!

カリーとのコンビで“スプラッシュ・ブラザーズ”(「弾ける兄弟」ということか?)と呼ばれるトンプソン…何か「少し兄貴」のカリーと互いに刺激し合って弾けていた。更にバーンズやグリーン等、若い各選手も「優勝チームで名を上げてやる!!」というような野心と闘志が溢れる溌剌とした活躍を見せた。

今季は「欧州人の技と、米国人の力を持ち合わせる豪州人」ことボーガットが元気だった。激しい競技であるバスケットボールでは、負傷に泣く選手も少なくない…ボーガットもそうだったのだが、今季はほぼ万全な状態でシーズン入りして奮戦していた。リバウンドを“支配”してしまうボーガット…コートという大海を自在に泳ぎ回っている巨鯨のような存在感だ…

そして“ファイナルMVP”の表彰を受けたイグドーラ…何か“必殺!仕事人”というのか、「不敵な刺客」という存在感が在った…実力、経験、実績共に申し分無く「間違いなく常時先発」という感の選手ながら、カーヘッドコーチは敢えて彼を「六人目の男」ということにした。これが「瑕疵が在るでもないのに…」とチームを去ることになった前任のジャクソンヘッドコーチの采配との明確な違いだった…優勝を争えるような所へ進むには、「気合注入!!」、「流れを引寄せる!!」或いは「行こうぜ!!行けるぞ!!」と若い選手達を盛り立てたり、「マダマダ負けないぞ!!」と相手の主力選手を牽制する動きを見せるような、「何でもやるベテラン」が必要なのだ…NBAは選手の異動も多く、各チームの“差”が小さく見えるリーグで、近年は“連覇”の例が余り無い中、選手時代に「4シーズン連続で優勝」という貴重な経験をしているカーヘッドコーチは、自らも選手時代の後半に担っていた「何でもやるベテラン」の「六番目の男」という“重要な役”をイグドーラに託した訳である…カーヘッドコーチは、イグドーラを「自身が知る限り最もスマートな選手の一人」と評しているという。“スマート”とは「利口で器用」ということであり、「必要なことは何でもやろうとし、そしてそれが出来る」ということになる…

ウォリアーズを応援するようになったのは、サンフランシスコの想い出が切っ掛けだが…そのうち、バスケットボール観戦そのものが愉しくなった。バスケットボールは「最後の一瞬まで得点を挙げることを目指す」というゲームだ。“スコアレスドロー”が無い…何か「“スコアレスドロー”のようなモノを排し、勝とうが負けようが、試合終了のブザーが鳴る一瞬まで、1点でも得点してみようとする」というような“在り方”が…妙に好ましく思えるのである…

それにしても…「40年ぶりに優勝!!」である…“玄関マット”(米国プロスポーツで、「誰も顧みないような弱小チーム」をこういう具合に呼ぶ…)だった時期が永かったが、この優勝を機に、また近く新アリーナがサンフランシスコ市街側にオープンともいうから、ウォリアーズには「新たな黄金時代」を築いて欲しいものだ…

ウォリアーズ!!ありがとう!!

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