2017年11月02日

ロシアで話題の映画:『マチルダ』(Матильда)

ポスターを視ると、ヒロインと思われる女性が真中で、帝政ロシアの軍服と思われる衣装の男性が脇に居る図案になっている映画が上映中であることに気付いた。

「何か、ロシア史に題材を求めた作品?」と考えたが…「色々な意味」でなかなかに話題の映画であるということが直ぐに判った。実際、一部は日本のメディアでも取り上げられている程だ…

↓幾つか出回っている予告編をこちらで…



↑なかなかに美しい画の作品である。

これは、かのニコライ2世の挿話に題材を求めた物語である。物語の後半で、ニコライの父であるアレクサンドル3世が崩御してしまっていて、戴冠式に臨もうとする経過になるので“皇帝”なのだが、主に皇太子時代の挿話ということになる。

物語の冒頭部…ロシア正教の寺院で、列席する大勢の人々の居並ぶ中にニコライ2世が現れ、コーラスの声が堂内に響き渡る独特な雰囲気で荘厳な戴冠式が催されている。その会場の入口辺りに女性が1人入り込む…会場の入口辺りを制服姿の、保安関係部門の幹部らしき男性が通り掛かる。そして女性に気付き、声にこそ出さないが「あの女!?」とばかりに猛然と女性を追い始める。女性は場内の奥側へ逃げて行く…

そして時間が遡る…冒頭に登場した戴冠式の場面へ至るまでの物語が展開する訳だ…

皇太子ニコライは、未だ独身だったが、特定の女性と交際するでもなかった。父のアレクサンドル3世は、そんなニコライを視て「女性との交際位は在っても…」と思っていて、美しいバレリーナとでも交際することを仄めかしていた。

ニコライは、バレエの公演で「バレエ団に在って最近台頭して来た」という感のバレリーナであるマチルダに魅せられた。トップのバレリーナのさり気ない意地悪で、衣装の紐が解けてしまったが、マチルダはそれを意に介さないかのように見事に踊って見せたのであった。

やがてニコライはマチルダに言い寄る。このニコライの他方に、マチルダに魅せられている男達の存在も在るのだが…

ニコライはマチルダに言い寄るものの、当初は何となくぎこちない…それが時間を経て、少しずつ打ち解けて、互いに欠かせないという関係になって行く。

マチルダはポーランド系の一家の出で平民であり、ニコライはロシア帝国を継承する皇太子である。結婚というようなことが簡単に認められるものでもなかった…そして後のアレクサンドラ皇后となるドイツの公女アレックスがロシアにやって来る…

ニコライはアレックスを后に迎えることになっている他方で、マチルダに夢中でもある…アレックスも複雑な想いの中に…他方で、ニコライと同じくマチルダに魅せられている従兄弟のアンドレイの存在も在る…

そういうようなことで色々と在って戴冠式の場面に進んで行くことになる。日本での公開に関しては承知しないが、余り細々した映画の物語を綴ると、“ネタばれ”で迷惑なので控える。美しい映像でロマンスという感じなのだが、何処かサスペンス的な要素も入っている感じだ。2時間弱な上映時間だが「あっという間」だった…

全般的な感じは、「美しい映像で綴られる愛とサスペンス」で、「史上の人物の挿話に題材を求めた」という感を逸脱するものでもない。“+16”という公開基準が設定されていて、確かに「お子様向け」とは言い悪い側面は在るが、グロテスクな訳でも何でもない…が、それでも「色々な意味」で話題である…

というのは、ニコライ2世は「ロシア正教を擁護していた人物」であり、“受難者”ということで1990年代にロシア正教会で「聖人」に列して祀っている。そういう人物の“愛人”というような、「道徳的とも言い難い」部分を取上げるということに関して、「事実無根!!」というような説が在り、そういう説を熱心に擁護する立場の人達からの攻撃的批判が随分と在るようだ…

そんなことも在って話題の作品で、映画館は賑わっている。今般は<オクチャーブリ>という近所の映画館の“小ホール”という100人程度のホールで観たが、「各列の端が少々開いているものの、概ね席が埋まる」という観客動員で、ユジノサハリンスクで何回か映画を観た経過の中では「最も賑わっていた」感だ…更に、複数の上映ホールを備えるシネコンでは、「複数のホールで1時間毎に上映」ということさえやっていた日も在ったようだ…

「史上の人物」と言っても、「様々な側面が在る人間」であり、「映画に登場」となれば「作中人物」だ。「映画の作中人物」として「様々な側面の一つ」に光が当てられ、描写される。そこに脚色も入る。飽くまでも「映画」なのだ。

この作品を観て思った…

ニコライは「帝国の皇太子」という非常に重い立場に在って、何やら「何でも意のままになるような」と他の人には思われるかもしれない…が、実際には「何一つ意のままになる訳でもない」という「不思議な位置」に居る、些か不器用な青年だ…その彼が情熱を傾けて、「何一つ意のままになる訳でもない」を振り切って、踏み出してみることを意図し、本人がよく判らない次元の場所で摩擦が重ねられ、結局ニコライ自身は「余儀なくされた方向転換」の中で、新しく自身の人生を踏み出そうとする…そんな感じだ…

ハッキリ言って、何か非常に「らしい」感じの「ロシアの戯曲」というようにも思えた…随分と在るらしい攻撃的批判というようなものは「やや的外れ?」とも思えた。尤も、作品を擁護する側では「映画を観ていない人達が批判している」としているようだが…確かにそうだ。

ニコライ2世は、皇太子時代に来日している。そして“事件”も在った関係で、日本の歴史にも足跡を遺している。「昔の外国要人」としては、日本では比較的知られていると思う。そのニコライ2世の挿話に題材を求めた本作…日本でも観られるようになると好いと思う。
posted by Charlie at 19:34| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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