2015年12月31日

札幌:“時計台”の氷柱(つらら)(2015.12.28)

札幌に住んでいた頃や、札幌を離れて以降、1990年代辺りや2000年代辺りには余り省みなかったが…2010年代辺りから、<時計台>が妙に気になり、写真を撮ってみる機会が増えたような気がする…

↓時計台は、相変わらず札幌都心部のビル街の谷間に、ひっそりと佇んで、街の人達や来訪者の往来を見守り続けている…
The Clock Tower of Sapporo on DEC 28, 2015 (5)
↑特段の“雰囲気”が在るでもない一画に、「明治時代の様子」を伝えるような建物が「ぽつん」と建っていて、或いは「ガッカリ名所」なのかもしれない…

この日は雪が時折舞い、何か「北国の都市らしさ」という風情が溢れてはいたが…

↓軒先が気になった…
The Clock Tower of Sapporo on DEC 28, 2015 (12)
↑氷柱だ…屋内の暖房で屋根の裏が温まり、積雪が融け、融けた水の滴りが凍結する…

↓こんな氷柱…創建以来、どの位の量が出来ては落ちて行ったのか?
The Clock Tower of Sapporo on DEC 28, 2015 (10)

↓どうしたものか、正面側は氷柱がやや少ない…
The Clock Tower of Sapporo on DEC 28, 2015 (7)

そう言えば!時計台は“演武場”と称し、北海道大学の前身である「札幌農学校」で、学生等が剣術や柔術に勤しむ場所に在った建物らしいが…「札幌農学校の剣術」と言えば、かの“永倉新八”が師範を勤めた経過が在った筈だ…“永倉新八”は幕末期の新撰組の幹部だった。松前家の江戸屋敷に勤めた武士の家に生まれ、剣術に明け暮れて“試衛館”道場の客分になっていたが、新撰組が登場する切っ掛けとなった動きに加わった…戊辰戦争の後、生き残った彼は松前家の伝で杉村家の養子ということになり、小樽に永く住んだらしい…そんな話しを思い出した…

或いは「ガッカリ名所」なのかもしれないと永く思っていて―今でも時々そう考えているが…―、余り省みなかった時計台だが…近年は「孤高なる明治の記念碑」という風情に惹かれるようになった…
posted by Charlie at 11:29| Comment(0) | HDR/札幌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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