2015年12月10日

久留米:水天宮(2015.10.27)

列車で何度も通り過ぎているか、乗換でホームに立ったことが在る駅でも、「そう言えば、ここで下車して改札口から駅周辺へ出た記憶が無い…」ということになっている駅は存外に在るものだ…私にとって、久留米駅は長くそういう存在だった…

古くからの地名の由来というものについては、判り易い例も在れば、「実はよく判らない」という例も在るのだと思う。“久留米”は…一寸調べる限り…

上古、大陸から渡来した機織りの工人集団がこの地に住んでいたので「呉部(繰部くりべ)」の居住した地、或いは「呉姫(くれひめ)」、「呉女(くれめ)」、「繰女(くりめ)」とよんだのがクルメに転訛したという説…

944年に出た「筑後国神名帳」というものに「玖留目神を祭祀した」との記述があり、これによるとする説…

用明天皇の皇子で、603年に新羅との戦いのために筑紫へやって来て、そこで病死したという「来目皇子(くめのみこ)」に由来するという説…

筑後川が大きく蛇行していることから、それを意味するクルメク(転く)を語源とするという説…

というような諸説が見当たるのだが、“定説”とされる話しは無く、「実はよく判らない」というのが結論のようだ…

それでもこの久留米という場所は、律令制による“国”が置かれて以降、筑後の国府が設けられていた地域に相当し、古くから栄えた地域であることは間違いない…現在でも久留米市は30万人規模の都市で、福岡市、北九州市に次いで福岡県第3位、九州全体では第8位の人口を擁している…

↓久留米駅の改札を出てみた…かなり天井が高い通路が設けられていた…
Kurume Station's building on OCT 27, 2015 (1)
↑久留米駅は、新幹線と鹿児島本線と久大本線の各列車が乗入れている…因みに…西鉄にも久留米駅が在るが、今般下車したJRの駅からはやや遠い…

10月下旬の旅は天候に恵まれた。「雨天で、やや行動が阻まれた…」という雰囲気になったのは…10月27日午後辺り、福岡県内であった…久留米駅から外へ出てみた際にも雨が交った…

駅の天井が高い通路の辺りに、地元の観光協会が設けたと見受けられる案内ブースが在り、水天宮への道順を尋ねると然程遠くないことが判り、簡単な周辺案内図まで頂いた…

↓多少雨が交った中、水天宮に着いた。筑後川の流れが見えるような場所に在った…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (1)
↑水と子どもを守護し、水難除け、農業、漁業、海運、水商売、また安産、子授け、子育てに関して篤く信仰され、各地に設けられている水天宮の「総本宮」が、この久留米の水天宮だという…

↓鳥居の脇の狛犬が、何となく…筋肉質というのか、細身な感じだ…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (15)

↓筑後川の直ぐ傍の境内は、「伝統の社」を擁する独特な雰囲気に満ちていた…若干の紅葉、落ち葉も混ざり、雨でしっとりと湿っていた…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (2)

源平合戦の後の時期、12世紀末に神社は興り、1650年に現在の場所に遷って整備され、それが今日の神社の基礎となっているのだということだ…

↓川を渡る風が、境内の木々に少し遮られる感で、雨交じりなりにも居心地は悪くなかった…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (8)

↓石造と視られる太鼓橋が好い…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (10)
↑平日で天候は好くなかったが、若干の参拝者も見受けられた…

↓境内に銅像が在る…久留米の水天宮と言えば…幕末の真木和泉である…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (6)
↑恐らく…最期を遂げた戦いに出陣した際の姿をイメージしたものだろうか…

真木和泉…真木和泉守保臣(やすおみ)…水天宮の第22代宮司だ。幕末期に活躍した人物である。所謂“国学”や“水戸学”の流れを汲む学問を収めていて、久留米の有馬家に藩政改革を建言したが容れられずに幽囚生活を送る羽目になった。その後、各地の志士と交わって尊王攘夷運動に身を投じる。京都で活動したが、1863年の「八月十八日の政変」で生じた“七卿落ち”で京都を離れた長州の関係者と共に離れた。やがて1864年の「禁門の変」に長州の同志達と共に参加する。久坂玄瑞ら同志達が討死した中で敗走して天王山に籠るが、追撃して来た会津勢や新選組との交戦で爆死してしまった。享年52歳という…

↓境内には、この真木和泉を祀る社も設けられている…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (12)

↓幕末の激動期に活動した人物に縁の場所でもあるが、永い伝統を誇る神社のような場所だけが醸し出すような雰囲気が非常に気に入った…
Suitengu Shrine at Kurume, Fukuoka pref. on OCT 27, 2015 (4)

この久留米の後、福岡から広島、神戸、奈良を経て京都に至るのだが、京都では真木和泉が加わった「禁門の変」の戦闘が行われた現場の一つである蛤御門を視て、そこで京都御所一般公開に出くわすということも在った。振り返ってみると…水天宮に立寄って、甲冑に身を包んだ真木和泉の銅像を視たことで、何らかの「導き」が在ったのかもしれない…

水天宮というのは、方々で見掛ける。「海運に関連」ということで、眼前に船が行き交うような街に住む者としては、何となく親しみを覚えるのだが…その“総本宮”に立寄ることが叶って善かった…
posted by Charlie at 20:54| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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