2015年11月18日

京都:(西)本願寺(2015.10.30)

京都で“本願寺”と言えば2つ在る。何れも“自称”は「本願寺」のようだが、一般には「東本願寺」と「西本願寺」で通っている…

この両者の中、“東”には随分以前に立寄った記憶が在るのだが…“西”は寄った記憶が無い…そこで“西”を訪ねた一件を綴ろうとしているのだが…寺の名称に関して、とりあえず彼らの自称は“本願寺”なので、記事の題名は「(西)本願寺」としてみた…

前夜は奈良の宿に泊り、近鉄の急行列車で京都に移動した。近鉄の駅は、JRの駅と同じ大きな建物―『ガメラ3 邪神覚醒』という映画で、大怪獣ガメラが戦った場所…―に入っている…「京都駅から徒歩圏内」という場所を目指す場合、JRでも近鉄でも大差は無い…

後から気付いたのだが…嘗て島原という地区を訪ねた経過が在ったが、実は(西)本願寺はそこから遠くない辺りに在ったのだった…やや意外に思ったのだが、京都という街は、史跡やら名前が通った寺社が多いので「行ってみれば、知らずに近くに足を運んでいた経過が…」と気付くようなことも多そうだ…

↓立派な門から境内に入るようになっているが、凄く大きな御堂が並んでいる…(東)本願寺の流れや、その他の流れのものも合わせた話しなのかもしれないが、確か浄土真宗は「日本最大の宗派」だった筈で、その大本に相当する寺院だけのことは在る等と思って門を眺めていた…、
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (4)

↓門扉の一部に、なかなか手が込んだ透かし彫りが施された箇所が在った。こういう、大掛かりに見えるモノは、こうしたディーテールが面白い…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (6)

↓敷地の周囲は、何か時代劇に登場する“大名屋敷”とか、小規模な大名の“陣屋”のようなイメージだ。周囲が一寸した濠のような構造になったモノに囲まれている…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (24)
↑偶々だと思う…この日、濠に水は無かったのだが…

↓境内に入ると、大きく判り易い案内図が在る…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (27)
↑この種の案内図…個人的には結構好きである…

↓驚いたのは、この銀杏である…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (32)
↑遠くから見れば「一体、何の木だ?!」という感じである。かなり背も高いが、相当に幅広く、枝が這うように広く拡がっているのである…

↓境内の様々な建物は、永い歴史の中で何度も損なわれたり再建されたりを繰り返している様子だが、この銀杏は相当に長く現在地に留まっている様子だ…そうでもなければ、如何にメンテナンスが行き届いていても、こんなに大きく育つ筈も無い…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (31)
↑銀杏は、近くで火災が在っても生き残る場合が多いと言われる種類の木らしいが…きっとこの木は、本願寺でかの新選組が寝起きしていた時期や、幕末に京都で発生していた騒乱を見詰めていたことであろうし、更に明治から大正に時代が移った際に京都で催された大正天皇即位に関連する催事や、戦時中の緊張した感じや、戦後の街の様子の移ろいをじっと見守っていたことであろう…

↓申し訳ないが…御堂も在り難いのだろうが、何かこの「永い歴史の中で人々と街を見守り続けたであろう巨大な銀杏」にすっかり見入ってしまった…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (34)

↓これが唐門である…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (13)
↑出入りを停めるため、下の方に柵が設けられているが、華麗な飾りは視られる…

本来は、(西)本願寺のメインの御堂である御影堂に通じる辺りに据えられた門であるとのことだが、1618(元和4)年に現在在る辺りに移したのだそうだ…

↓華麗な装飾に眼を奪われ、暫し見入ってしまった…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (14)
↑「1日中眺めて飽きないような華麗さ」という意味で、「日暮門」という異称も在るらしい…

↓門扉に相当する部分に、ここまで華麗な装飾が施されている…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (18)

↓夥しい装飾の一つ一つに、何らかの意味が込められているような感じで、少し驚いてしまう…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (16)

↓こちらは太鼓楼だ…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (9)
↑江戸時代には、ここで太鼓を打って時を告げていたそうだ…

↓この太鼓楼の辺りに掲出された案内板に、新選組に関する言及が在った…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (11)
↑新選組の初期から活動していた島田魁という人物…土方歳三等と共に箱館戦争にも従軍したのだったが、戦後暫く経って京都に住むようになり、晩年は(西)本願寺の夜警の仕事をしていたと伝わっている…そうした言及が在って、本願寺の後には新選組縁の島原を訪ねたのだった…

↓この他、(西)本願寺に関連しては、門前町となっていた辺りに佇む、明治末年(1912年頃)に出来たという伝道院もなかなかに見応えが在る…
Hongan-ji Temple (West or Ryukoku) at Kyoto on OCT 30, 2015 (35)

ここでは、何か銀杏の存在感に圧倒された感である…そして太鼓楼で新選組を思い出した他、華麗な唐門にも驚いた…何か…「見落とし、見逃し」も在ったかもしれない…それでも満足度は高かった。そしてここが「京都駅から一寸歩く」という範囲の名所と判ったのも“収穫”だ。何かで京都に寄ることが在れば、再訪したいものだ…
posted by Charlie at 07:26| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。