2015年11月13日

広島の路面電車:京都からやって来た1907<銀閣>(2015.10.28)

広島という街の発展経過を視ると、宇品地区の港が整備されて色々と利用されるようになった経過を看過する訳には行かない。宇品地区には、嘗て軍が糧秣廠として利用した煉瓦造の建物を活かした、市の資料館も在るという。

そういう事情から、路面電車の1日乗車券を手に宇品地区へ出掛けた…新旧様々な車輛が行き交う軌道を窓から眺めながらの移動は実に愉しい…

↓停留所で電車を下り、「ここまで乗せてくれて、ありがとう…」というような具合で車輛を眺めてみる…
Tramcars at Hiroshima on OCT 28, 2015 (7)
↑少々「微妙な違和感」のようなものを覚えた…ICカード乗車券に対応する機器が搭載されている旨が運転台下に掲出されているのだが、その下に<銀閣>と書かれている…

<銀閣>…あの有名な、京都の慈照寺…足利義政が建てたという、京都の東山のアレのこと?

↓暫く経って、<銀閣>が停留所に停車中の様子に再会した…
Tramcars at Hiroshima on OCT 28, 2015 (10)
↑深いグリーンとクリーム色で、オレンジの帯が入っている…重厚な感じの、やや年季が入った車輛だ…

実はこの1907を含む1900型というのは、1978年に京都の路面電車が廃止された時に広島にやって来た車輛なのである。そこで、乗客アンケートで京都の地名から各車に愛称を付けたのだという。1907の<銀閣>は「京都出身!」を主張するものなのだ…

京都でこの車輛が初登場したのは1957年だという。京都では21年間活躍した訳だが、広島に移ってからは既に37年も経っている…1978年にやって来ているというが、広島で運用し易いように改装を施す等しているので、1907の場合は1980年から動いているようだ。それでも35年だ…

1907同型車輛となる1900型は、15輛在る。どっしりした京都出身の車輛は、扉も大きくて乗降が円滑で、乗客の収容力も在るので、旧い車輛が徐々に活躍の幅を狭めている中でもなかなかに元気に活躍している…

この1900型だが…1980年代初めに「路面電車への冷房導入」に関して、先駆的な役割を担った車輛でもあるという。やや大柄に見えるこの車輛…機器を増設するベースとして都合も好かったのであろう…

或いはこの、嘗て京都で走っていた路面電車は「他所から移って来て、広島で活躍中」という車輛の代表的な存在と言えるのかもしれない。運行密度が濃い時間帯に限定されずに走っている同型車輛を随分と見掛けた…
posted by Charlie at 06:13| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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