2015年01月19日

長崎駅:キハ66(2014.12.21)

国鉄時代の車輛…既に“JR時代”に入って四半世紀が過ぎている中、JR各社に引き継がれた各車両も多くが新型に転換されており、「一寸、少数派?」という感である…

九州に関しては、「国鉄時代の車輛」を見掛けると「おっ?!」という具合に、少し注目してしまう。九州へ行けば、現在では1990年代以降に登場の“水戸岡デザイン”の車輛が方々のJR線で“主力化”していると見受けられるからだ。

↓2012年以来、3回長崎に立寄り、3回共に見掛けている車輛である。何か「長崎で出会う…」、「長崎と言えば、この車輛…」というイメージを勝手に持っている…

↑「国鉄時代の車輛の形状!」という感じだ。が、各地の国鉄時代の車輛が各々の塗色で活躍中なのと同様、これも近年のJR九州の非電化区間で定番化しているキハ200で見受けられる青系の塗装が施されている…

この車輛…キハ66系というディーゼルカーだ。1974年に登場した車輛である。1975年から山陽新幹線が博多まで延伸されることに先駆け、北九州での輸送力、サービス向上を目指して導入された車輛である。「両開き2扉車体に転換クロスシートと冷房装置を装備」という車輛で、普通列車に用いられる車輛でありながら、急行列車用とされていたディーゼルカーに遜色の無い内容を誇る車輛だった…(実際、この車輛が急行列車に用いられた事例も在るそうだ…)

このキハ66系は2輛ユニットで動くものだが、自重が重めで使用し難い線区も在ったことや、国鉄の財政事情も在って、1975年までに15編成(1編成が2輛なので計30輛)製造されただけである…

JR化後にはJR九州が全車を継承した。一貫して筑豊本線を中心とした北九州地区の非電化路線で運用されていたが、北九州でキハ200を投入したことや、2001年に筑豊本線の電化が完成したこと等を受け、全車が長崎に移った。2013年以降は全車が「長崎鉄道事業部佐世保運輸センター」の所属で、が佐世保線、大村線、長崎本線の快速や普通列車として用いられている。なるほど、「長崎で出会う…」というイメージを抱くようにもなる訳だ…

キハ66系…これの少し後に登場する“40系ファミリー”のディーゼルカーや、内装に関しては115系電車にも影響を与えたという、或る意味「時代を画した車輛」という一面も在る…

現在は長崎や佐世保等で街と街とを結んで活躍中のこの車輛…実は…「何度も見掛けているのに乗車機会を設け損なっている」車輛の一つだ…

↓こういう具合に、キハ66が並んでいる姿も長崎駅では時々視掛ける…

↑「並んで停車中の車輌の正面」という画…これは“行止り式”になっている「長崎駅ならでは!」という画のように思う…

異なる形式とは言え、車輛正面の外観は“40系ファミリー”に似ているこのキハ66…こういう「濃い蒼」という色合いも似合う…

これは、長崎県内の快速が<シーサイドライナー>(「海辺を駆ける」という意味であろう…)という愛称で、キハ200に関しては蒼い塗装なので、それに合わせたということであろう。

↓実は2013年に佐世保へ向かった際、この「蒼いキハ200」には乗車したことが在った…

↑2013年12月に佐世保駅で撮影したモノ…キハ66は、これに「合わせる」ような塗装になっている…

↓序でに…これも2013年12月に佐世保で視掛けたキハ220…

2014年12月に臼杵・佐伯・延岡で乗車したキハ220と同型だが、あちらは赤で、こちらは蒼…イメージが随分と変わる…

何か、訪ねる先々で「今度はこれに乗車してみたい…」というのを次々と見付けて、見付けては「行きたい!!」と強引に機会を設けてしまう感じだ…
posted by Charlie at 19:51| Comment(0) | HDR/2014年12月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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