↓その今井宗久が主人公の小説を愉しく読んだ経過が在る…
>>『覇商の門』
「安土桃山時代に活躍した商人」というような人達の中には、出自が不明朗な人達も在り、“時代モノ”の小説等では、その辺りで作家の想像力が羽ばたく。『覇商の門』での今井宗久は「今井町の出身」とされていた…
今井町?奈良県の真中、やや東寄りな橿原市(かしはらし)の一隅を占めている地域だ。戦国期に「寺内町」として起こり、永く“自治都市”的な歩みを続けた地域で、明治期以降も古い町並みがよく残った場所である。
今井町は、名古屋・大阪間の路線と橿原神宮前・大和西大寺・京都間の路線とが交差する大和八木駅の近くに在る。より詳しく言えば、少し橿原神宮前駅寄りの八木西口駅の傍だ…
↓未だ「朝の通勤時間帯」風な大和八木駅で既に「眩しい…」という感じだったので、何かの行事らしい小学生のグループからお年寄りに至るまで、老若男女で賑わう近鉄電車で八木西口駅まで一駅を“スルッとKANSAI”で移動した…
八木西口駅は「私鉄沿線の静かな駅」という佇まいであったが…
↓数分も歩けば、既に「時代モノドラマのセット??」という感である…
↑嘗ては“自治都市”の防備のために川を利用したり、濠まで巡らされていたらしいが、水辺が公園として整備されていた…
↓明治期の建物らしいが、なかなかに立派だ!!
今井町は“自治都市”として発展し、商工業で蓄積された資本から金融業―お金を貸す―を営む人達も多くなり、江戸時代前半位には大和国に在って“金融センター”的な存在感を示していたらしい。そういう「豊かな地域」という状況で、江戸時代の感覚では「相当に大規模な町」でもあったため、為政者が重税を課すようになり、江戸時代の後半辺りからは多少勢いが衰えたようだ…
↓古い町並みを、建物の庭から覗く、手入れが行き届いているように見える木々が彩っている…
↓古い建物が折り重なるように並び、独特な街並みを形成している…
この「時代モノドラマのセット??」という感さえ抱く街並みだが…「普通に生活が営まれている」場所である。目立ち過ぎない程度に店や医院の看板が在ったり、市議会議員のポスターも貼られていて、自販機も設置され、目立ち難いようにバイクや自動車も停まっているし、家々に表札も在ったり、住人が練習しているらしいピアノの音も聞こえた…
街が築かれて、永い歩みを辿って来た中では「当たり前」だった街並みも、現在となっては「貴重な文化遺産」、「史跡」である。多くの人達の理解と協力、そして努力によってこうした町並みが後世に受継がれるのであろう…
↓今井町は、この称名寺の「寺内町」として起こったという…
↑寺の境内は、何やら工事中だった…通に佇むと…折り重なるような建物の間に強烈な夏の日差しが注ぎ込んで来た…
↓嘗ての濠も一部が復元整備されている…
↑町で有力者であったという今西家の建物が濠に映える。建物脇の木を植木屋さんが弄っていた…
↓「豊かな地域」であったことを覗わせる、凝った飾りも見受けられる瓦の屋根…土蔵風な壁…これらが若干の雲を浮かべた碧空に映える!!
何か「朝の寄道」という感で訪ねた今井町だが…再訪してみたくなる場所だ…
↓今井町に立寄った7月31日の画…

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