2013年02月19日

長崎平和公園(2012.12.20)

長崎市内を動き回るのに便利な路面電車の“一日券”は、ホテルのフロント等で売られている。これを事前に求めておけば、500円で朝から晩まで動き回ることが出来る…

12月19日にこの“一日券”を多用し、12月20日も滞在したホテルから去る前にフロントで“一日券”を求めた。“一日券”には路線図が在って、主な名所のイラストが最寄停留所に示されていて、ハッキリ言えば「とりあえず電車の“一日券”を求めて、図を視ながら殆ど一日中、市内巡りをして愉しむことも出来る」状態だ…私自身、それに近い状況であった訳だが…

その“一日券”の路線図を視ていて、遠い記憶が呼覚まされた…小学生の頃、担任の先生が「九州の長崎へ行って来た…」というような話しをしていて、有名な平和公園の像の写真を見せてくれたような…そんなことが在った気がした…確か、先生は全国研究発表会か何かで出掛けたというような話しをしていたように記憶しているが確かではない…

そういうことが在った御陰で「長崎の原爆」に関する事項が記憶に残り、その後も色々なモノを眼に留めると何となく読んでいた…1945年当時、米軍は2方式の爆弾を用意した。その中の1つは広島で使用された…これに関しては、広島を初めて訪ねた折りに資料館を詳しく見て来た…もう一つの爆弾…ハッキリ言えば、一つ使った時点で「日本の戦争継続の意図を粉砕」というような目的は達せられた筈だが…「別な方式のモノを試用」という意図が在ったのか、或いは目的が達せられていないということになったのか、2つ目の爆弾は上空へ…そして、当初の投下予定地域の天候が不良であったことから、爆弾は長崎に投下されてしまったのだった…

その爆心地周辺が、戦災犠牲者を悼むと同時に、平和を祈る公園として整備されている訳で、私はそこを訪ねておきたかった。例の“一日券”の路線図にも有名な像のイラストが在って、公園が示されているのだが…最寄りの停留所がよく判らない。複数の場所から行くことが出来そうである。長崎の路面電車は停留所間の距離が短めで、何処かへ行く場合「A停留所またはB停留所、更にC停留所も可」というケースが多い。平和公園もそうだと思ったが、とりあえずホテルの方に尋ねてみた。松山町(まつやままち)の停留所が最寄と確認した…思わず口を突いたのは「長崎に初めて来たからには、平和公園に在るあの有名な像を視てから帰らなければ…」という言だったが…ホテルの方は笑って送り出してくれた…

電車に乗車したのは大波止(おおはと)という停留所だった。海が見える辺りになる。そこから、1日動き回って多少馴染んだ各停留所が並ぶ、存外に交通量が多い国道を進む。「道路の上に線路」が在る“併用軌道”が大半だが、一部区間では「線路のみ」の“専用軌道”になっている。電車は「寧ろ住宅街」というような辺りに入って行き、やがて目指していた松山町に着いた。電車の線路の辺りから道路を渡ると、階段とエスカレーターが備えられた、小高くなった公園の入口に至った。

↓冬の北海道は雪と低温で管理がままならないことから公園の噴水は停止してしまう。そんな土地からここを訪ねると、「豊富な水量で小さな虹が掛かる噴水」に圧倒される…そして小さな虹を視て、この地に込められた“祈り”のようなものを感じる…
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↓素晴らしい青空の下、噴水の向こうにあの有名な像が鎮座している。
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↑「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」という意図が込められた像だという。原爆から10年を経た1955年に完成したそうだ。

↓像の手前の水面に、像の姿が映り込んでいる…
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現在は公園になっている辺りだが、往時は刑務所が在り、職員と収監されていた人達は…全員が原爆の犠牲になったようだ…広場の隅に往時の辺りの住宅地図を再現した掲示が在ったが、普通の民家が集まった地区に刑務所が在ったというような様子であった…

↓小高くなった辺りを降りて、少しだけ進むと、往時の“爆心地”にモニュメントが建てられていた…
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小高くなった、有名な像が在る辺りから降りた“爆心地”周辺も公園風に整備されている…

↓傷付いた、または力尽きた子どもを抱えて悲嘆に暮れる女性の像が在った…
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↑「被爆50年」のモニュメントで、「住宅地への爆撃」となった原爆で、女性、子ども、高齢者の犠牲が目立ったという事実を忘れないようにしようというメッセージが込められているという…

↓平和公園を含む長崎を中心とした12月20日の画…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - DEC 20, 2012' set on Flickriver

昨年12月の旅の記憶に関して、ランダムに書き綴ってきたのだが、この平和公園のような「戦禍の記憶」を伝える場所に立ち寄ると、過酷な状況を乗り越えた先人の努力に敬意を表したくなると同時に、何の心配もなく気侭に歩き回ることが出来る“平和”に感謝しなければならないという気持ちになる…

こうした“平和”な状況の中、色々な土地に立ち寄り、様々なことを考え、また学ぶことも出来たように思う…
posted by Charlie at 20:59| Comment(0) | HDR/2012年12月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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