2012年05月02日

函館ハリストス正教会「主の復活聖堂」(2012.05.01)

旧くからの港町である函館は、永く“箱館”と表記していた。その“箱館”の時代、幕末の開港の頃だが、当地は開港地の一つとなった。そこで色々な文物が流れ込んでいるし、明治以降も重要な港であったために、街には色々なものが登場している。

そういう、北海道内では歴史豊かな街である函館には、「思わず歩み寄りたくなるもの」が色々と在るようだ…

函館に着いて「一寸その辺を…」と歩いてみたのだったが、遠くに見えた「異国のような光景」に引き寄せられ、思わず歩いて暗い坂道を登ってしまった…

↓こんなものを視付けた…
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↑思わず引き寄せられてしまった…

これはロシア正教の教会である…

幕末の開港の頃…1859年にロシア帝国がゴシケヴィッチ領事を箱館に派遣したが、領事はロシア正教の聖堂を領事館内に設けた。これが「日本初のロシア正教会」ということになるであろうが、最初の司祭が帰国した後、1861年になってニコライがやって来る。このニコライは日本でのロシア正教の伝道に活躍するのだが、函館の教会はその伝道の起点となった場所である…

日本におけるロシア正教の中心は、後に御茶ノ水のニコライ堂(東京復活大聖堂教会)に移るが、函館の教会は「最も永い伝統」を誇る教会として活動を続けている。

1907年、教会は火災で焼けてしまった…現在のものは1916年に再建されたものであるという…そしてこれは1988年に修理が施された…

↓白い聖堂の上空に月が…
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非常に目立つ建物なので、周辺を散策していた人達が、夜にも拘らず次々と眺めに来ていた…

↓連休の旅の画…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - A trip on APR-MAY 2012' set on Flickriver
posted by Charlie at 06:15| Comment(0) | HDR/2012年4-5月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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