鹿児島を訪ねた際、“シティービュー”という巡回バスを利用して市内の名所を訪ねることを思い立った訳だが、“仙巌園”(せんがんえん)に興味を覚えていた。ここについて、人から「好い!!」と聞いていたことも在ったのだが、幕末期に当時の最新技術による殖産興業に向けた施設であった“集成館”の建物を利用した資料館が在るなど、何か惹かれるものが在ったのだ…
「遠路の来着、大儀である…」と労ってでも頂けた―稚内から鹿児島まで、往路は全行程を列車で訪ねた…鹿児島入りは4日目から5日目に日付が変わろうとする辺りだった…会津若松や福岡で寄り道したからでもあるのだが…―かのような素晴らしい青空の下、午前中の早めな時間帯から元気良く仙巌園を訪ねてみた…
↓仙巌園に入場すると、厳しい甲冑が来場者を迎えてくれる…
↑安土桃山時代に活躍した島津義弘侯が着用したと伝えられる甲冑を模したものだそうだ…なかなか渋い!!
江戸時代には77万石の大名だった島津家は、鎌倉時代から南九州に続いた一族だ。戦国時代末期、島津義久・義弘兄弟の時代には薩摩、大隈、日向―これを“三州”と呼んでいるようだ…―を征し、九州全土を手中に収める寸前にまで勢力を拡大したのだったが、豊臣秀吉に降り、南九州の大名ということになった。関ヶ原の合戦では敗れた西軍に与した経過が在ったが、薩摩・大隈と日向の一部という版図を維持することが出来た経過が在る。
仙巌園は、この島津家が江戸時代に建設して利用した別荘なのである。“磯”と呼び習わされている地区に在り、錦江湾と桜島を借景とした見事な庭園が在る…
↓滞在した御殿様や一族の人々等が利用したことも在ったと見受けられる建築群の背後に、「青空に聳える桜島」が見える…
こういう見事な情景に出会い、何か少々「時間を忘れる」という感も覚えた…「大名家の庭!!」という感の、手入れが行き届いた古木が散在する他方、半ば自然のままのような林が背後に在って、「12月半ば過ぎ」なのに紅葉している木も見受けられた。そして結構立派な竹林が在ったり、木の名前は知らないが、私のような北国の人間が視て「南国!!」と感嘆するような木も見受けられた…そういう庭園の背景に…桜島が聳えている!!
この仙巌園…見事な風景に加えて、記憶に残ったのは…「歴史好き!!」には興味津々な展示が多々在った資料館…そして売店で売られていた、“安納芋”の焼き芋の美味さ…であった…
資料館には、通商で栄えた薩摩の歴史や、永い島津家の歩みや、かの島津斉彬侯が導入した当時の最新技術に関することなどが在ったのだが…もっと細かいものに注目してしまった…かのロシア皇帝ニコライ2世が皇太子時代に来日した際、鹿児島に立ち寄った経過が在り、島津家が一行を歓待している。その関係で頂いたというロシアの勲章がさりげなく展示されていた!!
“安納芋”の焼き芋…通り掛った売店で売られていて、「“焼き芋”?!」と訝った…しかし…「サツマイモ」の“サツマ”は“薩摩”で、「土地の名物」であることに疑いはない…何となく興味を覚えて求めてみた。一口に「サツマイモ」と言っても様々な品種が在り、鹿児島県ではそれらが色々と栽培されている…“安納芋”は「非常に甘い」ことで知られる品種なのだそうだが…素晴らしく美味かった!!
↓というような仙巌園…忘れ難いものが在る…
なお、各写真は何れもS95の手持ち撮影だ…
↓仙巌園を含む、鹿児島の画…

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