2017年04月30日

「映画の入場料より高い?」感じだった映画館のポップコーンLサイズ(2017.04.29)

土曜日の休日を利用し、商業施設<シティーモール>の館内に在る“シネコン”を訪ねた。

<Спасти Пушкина>(スパスチー・プーシキナ)(プーシキンを救え)という、公開されたばかりのロシア映画を愉しもうとした。窓口ではモニター画面に会場配置図が出て、「何列目の〇番」と申し出て入場券を買う方式だった。無事に求めた入場券は280ルーブルだった。作品毎に、また曜日や時間帯で入場料金が変わる仕組みになっていた。

少し入場まで時間が在ったので、<シティーモール>の管内を冷やかしたり、珈琲を頂くなどしていた。

映画上映の時間帯が近付き、“シネコン”の中を見回せば、ホールに持込みが認められている飲物やポップコーンが売られている。「ポップコーンを頂きながら映画…」というのが酷く好い感じに思えて、求めてみることにした。

S、M、L、XLと英語のアルファベットでサイズの表示が在る。売場の方に「Lを」と申し出ると、「サリャンヌィー?スラットキー?」と尋ねられた。普通の塩味のモノか、キャラメルソースのような何かを絡めたモノかという意味であろう。「スラットキー」と応えた。すると売場の方が頷いて、Lの大きなカップにザクザクとポップコーンを注ぎ込み、そのカップを半透明のレジ袋に入れてくれた。380ルーブルだった。

↓入場待ちの短い間に、辺りのテーブルの所で、ポップコーンの中身を拝見…
on APR 29, 2017 (11)
↑甘味のソースは様々な色のモノで、何やら独特な外観のポップコーンになっている…

ゆったりと映画を愉しみ―どうしたものか、私が入った上映では“貸切”な状態だった…―ながら、この不思議な外観のポップコーンをゆっくりと頂いたのだった…

考えてみれば…「280ルーブルの映画入場料に対して380ルーブルのポップコーン」とは…「1800円の映画入場料に対して2400円のポップコーン」という“比率”ではある。が…<シティーモール>の管内で、「カプチーノ(大)」というような、持ち出し用カップで売られている珈琲が200ルーブルだったことを想うと、映画入場料は「日本の“1800円”」のような感覚ではないことは間違いない…結局、モノの値段に関しては「その社会での価値観」が反映されているので、単純に為替レートを持ち込んで「日本円で〇円だから安い、高い」と論じてどうなるものでもない…

それにしても、このポップコーンが美味かった!また機会が在れば…
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2017年04月29日

サハリンでロシア映画を鑑賞:<Спасти Пушкина>(スパスチー・プーシキナ)(プーシキンを救え)(2017.04.29)

近所に、ボリュームが在るサンドイッチを頂きながらビールを呑める店が在り、何となく足が向く…

↓その店で流れていたテレビに映った、映画を紹介する映像である…

↑<Спасти Пушкина>(スパスチー・プーシキナ)(プーシキンを救え)という、2017年のロシア作品!4月27日から公開されたばかり…テレビで紹介されるのを視た時には「近日公開」という扱いだった…

アレクサンドル・セルゲイヴィチ・プーシキン(1799.06.06-1837.02.10)は、ロシアでは最も有名で、最も評価が高い詩人で、所謂“近代文学”の礎となるような作品を多く遺したとされる。「プーシキンの誕生日?」とでも話題を持ち出せば、10人中8人か9人は「6月6日ですよね…」と躊躇無く応えられるような、そういう程度―日本でも文学史を飾る多くの作家が在るが、「誕生日?」とでも話題にすれば「知らない…」という作家ばかりだと思う…―に有名な詩人である。この“超”が付く程度に有名な19世紀の文学者が、21世紀の街に現れるという、SF調な設定と、学園ドラマ的な要素が絡まり合ったようなコメディー作品が<Спасти Пушкина>(スパスチー・プーシキナ)(プーシキンを救え)である。

1837年…小雪が舞う中で、プーシキンは命を落とすことになった“決闘”へ向かっている…プーシキンは相手と対峙する…

2017年…モスクワの、その名も<プーシキン高校>では、担任の先生の指導の下、生徒達が学校行事の準備を賑々しく行っている。スピーチ大会、詩の朗誦の会のような催しで、校内のホールに学校名に因んだプーシキンの大きな肖像画を飾ろうとしている。その場で、「おじいちゃんの宝物をこっそり持って来た」というエゴールが、親友のフョードルに<プーシキンの時計>なるモノをこっそりと見せている。年代モノの懐中時計だ。他の生徒がそれを視て、「おい、見せろよ!」というようなことになり、何やら争奪戦のようになり、終いに時計が宙に舞う。落ちて壊れては大変と、エゴールとフョードルが時計が飛んでしまった方に飛び込んで、モノを無事に掴んだのだが、そこで妙なことが起こる。

エゴールとフョードルは、時間と空間が捻じれた中に飛び込んでしまって、プーシキンが決闘して銃弾が発せられる瞬間にタイムスリップし、そして次の瞬間にプーシキン本人と諸共に元の2017年に戻ったのだった…

気候の好い5月頃の設定という感じの学校に、冬の外套姿で粉雪を少々被ったプーシキンが不意に現れ、居合わせた生徒達や先生は驚いて騒ぐ。プーシキン本人も「何処に居るんだ?私は?」と困惑する。

こういう騒ぎになれば、早速にプーシキン高校の生徒達の中の“ブロガー”がビデオをネットで流す。それを視て、多少名前の売れたトークショーの司会者が、番組一本を制作する、カメラに照明や音声に、メイク係から番組内の“ジングル”を生演奏するバンドと歌手に至るまでの大チームを引き連れてプーシキン高校に乗り込んで来て、生放送まで始まった。

「あなたは本物のプーシキンなのですか?」と問う司会者。対するプーシキンは「私には皆さんの御質問の意味が…判らない…」という反応。そんな小さな騒ぎが続く。

こういう騒ぎの他方、エゴールとフョードルは「何とかプーシキンを元の世界に戻さなければ…」と色々と考える。そこに彼らと仲が好い女子生徒のミラーナが現れ、「戻っても命を落とすだけなのだから、助けてあげましょう」と言い出す。しかし、エゴールとフョードルは「歴史を変えると、大変なことになってしまう!」と必死だ。

そうして何やら混乱する中、「恐らく“タイムマシーン”」と見受けられる時計の争奪戦が始まったり、プーシキンを金儲けのネタにしようとする人達が蠢く。他方でエゴールとフョードル、加えてミラーナと担任の先生の4人で、先生の愛車で走り回って、プーシキンに「21世紀のモスクワ」を見せて回る。

余りにも有名な文学者の“ホンモノ”と、妙な切っ掛けで交流することになった現代の高校生達…自身の時代から200年近くも後の時代の少年少女達と不思議な交流を経験する19世紀の詩人…凄く愉しい物語だった!

プーシキンが21世紀の街を行く場面では、カフェで視掛けたウェイトレスが素敵だと、紙に詩を書き残して去ってみて、ウェイトレスが後から感激していたとか、プーシキンの銅像の真似をする大道芸人に「商売の邪魔をしてくれるな!」と絡まれて大喧嘩になる寸前の騒ぎが起こったり、大きな銅像を視て「私に似ている!」と驚き、子どもが「プーシキンだ!」と寄って来て写真をお願いされ、親が何やら現代の紙幣を彼に渡してみたり等々、笑いが止まらなかった…

映画は、商業施設<シティーモール>の館内に在るシネマコンプレックスで観た。最も小さい部類のホールで上映されていたのだが…“貸切”状態だった…

随分以前に、モスクワで映画を観た思い出は在るのだが、サハリンでは映画を観たのは2回目である。随分以前にも、機会が在ってロシアの映画を観たのだったが…あれは<シティーモール>のオープン以前で、<オクチャブリ>という映画館だった…

“人気作品”と呼び得るのか否か、よく判らない…凄く愉しかったのだが…日本での紹介が在るのか否かは判らないのだが、出来れば紹介されて欲しい作品だ…





posted by Charlie at 17:35| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロシアの目覚まし時計<Восток>(ヴォストーク)(2017.04.28)

ここまでのサハリン滞在で、特段に「朝寝坊」のような状況は発生していない。寧ろ「早寝早起き」な感じなのだが…それでも、何となく「使い易い目覚まし時計」を部屋に置いておきたくなった。

↓見付けて来たのはこういう目覚まし時計…ロシアの<Восток>(ヴォストーク)という会社の製品だ…酷くデザインに惹かれた!!
my clock - Russian 'VOSTOK' on APR 28, 2017 (3)
↑電池で動く、何の変哲もない古風な目覚まし時計だ…

レーニン通の<サハリン>という百貨店のテナントに時計店が在り、その片隅に在ったのを見付けて、気に入ったので求めた。1800ルーブル…自身では「こんな感じの価格?酷く気に入ったので納得…」と思ったが、或いは「やや高い?」のかもしれない…もっと安価な目覚まし時計も幾分見受けられたからだ…

それにしても、「ロシアで過ごしている時間を、ロシアの時計が刻んでいる」という按配で、これを自室に置いて何時も使うことにしてみた。
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<В Корею без визы>(韓国へビザなしで)(2017.04.28)

↓好天な中、レーニン通で視掛けた広告看板である。ユジノサハリンスクでは、この種の看板が、交通量が多いような場所に多く設置されている。
around lunch time on APR 28, 2017 (2)
↑この看板に大書されているのは…<В Корею без визы>(ヴ カレーユ ビェス ヴィーズィ)という文字で「韓国へビザなしで」という意味である。

ロシアと韓国とは、両国政府の申合せで、“短期滞在”というような範疇になる観光旅行等で、事前に査証取得を求めないようにしたという。そういう制度を利用し、サハリンの皆さんに向けて「是非来て下さい」と韓国の機関が広告を出した訳だ。

サハリンは、この種の「旅行者を誘致する宣伝」を「展開すべき地域」となっているのだ。
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“フライチキン”と呼ばれていた“唐揚”…(2017.04.28)

ユジノサハリンスク都心の「明らかに、夜にビールでも呑む店」という設えの飲食店で、「平日限定の“ランチタイムサービス”」という按配の<ビズネス・ランチ>と称する営業を行っている。何となくそれが気に入ってしまい、2日続けて足を運んだ…

入口の所で「日替わりメニュー」を視て、「サラダはコレ…スープはコレ…メインはコレ…付け合せはコレ…飲物は…」と選ぶようになっている。そしてテーブルに着いて待つこと暫しで料理が順次登場する。

食べる順に料理が供される「コース料理」のような形式は、「ロシアの貴族の邸宅に在る食堂で始められて流行るようになった」という説が在るようだが、現在の普通の店での食事でも「サラダやスープ、メイン…」と順次料理が供される。メインのことを“フタロエ”(второе)と言うが、これは「2番目の」という形容詞に起こりを持っている表現だ。最初にサラダやスープが供され、「2番目に出て来る」ということからそう呼ばれるようになったのであろう…

↓この日の“フタロエ”ことメインは、何やら“フライチキン”なるものだった。「鶏肉であろう…」と思っていたが…“唐揚”のようなものだった!
my lunch on APR 28, 2017 (3)
↑付け合せは“マカロニ”をお願いした。この店では、所謂“ペンネ”の形のパスタを使っている…

適当にケチャップも付けながら、“マカロニ”と併せて“フライチキン”を頂いた。醤油系統の調味料が使われているのではないと思えたが、適度に塩が利いて、幾つかのスパイスと思える味もしたが…鶏肉そのものが悪くない!

実を言えば…「鶏を供養しなければならないかもしれない…」と戯れに言う程度に唐揚等の鶏肉料理は、頻繁に沢山頂く…サハリンでもそういう傾向から離れていない…
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“警察仕様”な作業服(2017.04.28)

↓以前にも利用したことが在る店―店の方が私を覚えていた!!―で、「その辺で一寸着るモノ…」と思い付いて求めた…「薄い上着」というのか「シャツ感覚」というのか、出番が多そうな感じのモノだ…
my jacket on APR 28, 2017 (1)
↑蒼系迷彩柄の作業服…随分と活躍しそうな衣類である…前はファスナーで閉まる型だ…

“警察仕様”または“軍仕様”のような服だが、その辺で色々な作業をしている人達も、こういうような服を着用していた。要は“警察仕様”のようなモノが「使い易い」ということなのであろう…
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2017年04月28日

「サハリンで働く人々」と「レーニン」のモザイク(2017.04.26)

↓かなり以前から見知ったモザイクである…画の周囲の壁面については、少し前に塗装を丁寧に施したようだ…
Yuzhno-Sakhalinsk in daytime on APR 26, 2017 (5)
↑左側はトナカイと一緒に居る北方少数民族…以下順に石油関係(現在手掛けられている海での開発の遥か以前から、北部サハリンでは油田開発が行われている…)、海運関係、漁業関係、林業関係で仕事をする人達をイメージした画である…

↓ユジノサハリンスク市庁舎の脇に在る…
Yuzhno-Sakhalinsk in daytime on APR 26, 2017 (2)
↑左上辺りに、「レーニン」のマーク…ソ連時代の色々なモノに付されていたモノだ…

↓この「レーニン」も、なかなかに面白いモザイクになっている…
Yuzhno-Sakhalinsk in daytime on APR 26, 2017 (4)

こういうようなモノ…制作当時の色々なことも在るのかもしれないが、単純に「アート」として興味深く拝見してしまう…

このユジノサハリンスク市庁舎脇のモノに関しては、「サハリンのイメージ」が何となく判り易いかもしれない…
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A.P.チェーホフ像(2017.04.27)

↓ユジノサハリンスク都心部の図書館や美術館が在る辺りにチェーホフの像が在る…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 27, 2017 (2)
↑随分以前から在るモノで、一寸気に入っている…

朝は肌寒い感じであるものが、昼頃に天候が好転するとかなり温かい感じになる。こういう“温度差”に多少戸惑う…稚内は“温度差”が他地域に比して少な目な地域であるからだ…
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<モビーリナヤ・カフェーイニャ>(мобильная кофейня)(2017.04.27)

↓ユジノサハリンスク市内の、通り過ぎる機会が多い場所である…
in morning on APR 27, 2017 (3)
↑パラソルまで立てて、何時も同じような場所に駐車している車輛…視ていて「不思議だ?」と思っていたのだが、これは「珈琲を売る車」だった…

<モビーリナヤ・カフェーイニャ>(мобильная кофейня)という名が付いている。「モビーリナヤ」(мобильная)は「移動可能」という「モバイル」から来ている形容詞で、「カフェーイニャ」(кофейня)は「珈琲店」とか「喫茶店」という意味で用いられている語である。

先客が途切れたところで、“店”を営む青年に声を掛け、珈琲をお願いした。そして「何時も、ここでコーヒーを売っていますよね?」と青年に話し掛けてみた。

何度か視掛けて興味を持ったので、今朝は一寸試してみようと、コーヒーをお願いしたと言えば、青年は「平日はここで、休日はガガーリン公園等に行ってコーヒーを売っている」と言っていた。

「毎日、何杯位のコーヒーを用意しているのですか?」と尋ねれば、「うーん…考えたことがないけれど…お天気次第で、道行く人達の気分次第だから…」ということだった。確かにそのとおりだが、多分、沢山売れる日と、残念ながら余り売れない日の落差が大きいのだと想像した。

「フシェヴォ― ドーブロヴォ!」(Всего доброго!)(ごきげんよう!)という青年の挨拶に頷いて、その場を去った…

↓求めた珈琲がこれである…
in morning on APR 27, 2017 (5)
↑<モビーリナヤ・カフェーイニャ>(мобильная кофейня)というロゴが刷り込まれたカップが使用されている…

ユジノサハリンスクでは、何時の間にか「珈琲を求められる場所」が凄く増えた…珈琲好きにとっては好都合だ…
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2017年04月27日

巨大なレーニン像(2017.04.26)

↓ユジノサハリンスク都心で最も目立つモノの一つのような気がする。
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 26, 2017 (16)
↑高さが9mも在ると聞く…3階建てとか4階建ての建物に比肩するような高さだ。随分以前に、どなたかが「“ガンダム”の半分」と言っていたが…アニメに登場するメカか何かのような、「些か現実感を欠く?」とまで思える大きさだ…

↓午後8時前の時間帯だが、この時間帯にはレーニンの「背中」側から陽の光が射す。
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 26, 2017 (15)
↑レーニンは陽が上る東側を向いて佇んでいる。

この像を視ると「何処かの渋くスタイルが好い俳優さんのような…」と何時も思う…
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2017年04月26日

「ソ連 50年」の飾り文字が残る集合住宅壁面(2017.04.25)

↓パベーダ通の集合住宅の壁面に眼を留めた…
'1922-1972' on APR 26, 2017 (1)
↑イマドキ風な広告が下の方に…何かの看板をライトで目立つようにする仕掛けが壊れてしまったような状態になってしまっていて…高い壁には大きな文字が在る。

「50лет СССР 1922 - 1972」|と読めるが、これは「ソ連50年 1922 - 1972」ということである…1917年の革命後、“ソビエト社会主義共和国連邦”という体制が成立するのは1922年だった。そこから50年経った1972年、この集合住宅の壁に飾り文字が入ったのであろう。或いは、「50年記念事業」というようなことで建設が進められ、建設時に飾り文字が入ったのかもしれない…

'1922-1972' on APR 26, 2017 (2)

こういう「歴史を伝える街角」というような感じのモノに出くわすのが面白い…
posted by Charlie at 04:04| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ロシア革命100年」の懸垂幕(2017.04.25)

↓宿の近く、ミール通とパベーダ通とが交差する辺り…
'1917-2017' on APR 26, 2017 (2)
↑メーデーや独ソ戦終結を記念する祝日に向けて、国旗が飾られるなどしているが、大型広告看板や建物の懸垂幕が何となく目立ち「街の景観」を造っている感だ…

↓建物に在った赤い懸垂幕に眼を留めた…
'1917-2017' on APR 26, 2017 (1)

↓「1917 - 2017 偉大なる10月社会主義革命 100年!」と在る…
'1917-2017' on APR 26, 2017 (6)

共産党系の団体が掲出したモノであるようだ。「ソ連が旗を下ろしてから四半世紀も経ったのか…」とか「ロシア革命が“百年”も前か…」と、色々と考えながら懸垂幕を眺め入ってしまった…
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2017年04月25日

G.I.ネヴェリスコイ像(2017.04.25)

↓1853年にサハリンに上陸し「ロシアのサハリン」としての歴史を拓いた人物として、ロシアでは知られるネヴェリスコイ提督…ユジノサハリンスクのコムニスチーチェスキー通に銅像が在る…
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 24, 2017 (4)
↑何か渋い感じで気に入っている…

↓画の右側が西寄りで、午後8時前のこの画を撮った時間帯にはそちらから光が射す。
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 24, 2017 (2)
↑光の感じと、背後の空の雰囲気が好い…

この像…何となく「気に入った場所」になりそうだ。
posted by Charlie at 06:20| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

工事中…(2017.04.24)

何となく、「何時ものコースで動けず、一寸移動が遅れた…」とか「道路が妙に混み合った…」という話しを耳にする機会が多かった…

↓そういう原因になっている箇所に出くわした…
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 24, 2017 (20)
↑都心部のやや東寄りに相当する辺りで南北に延びる、少し交通量が多い通の一部である…

道路を完全に閉鎖して、舗装を全面的に直そうとしているようだ。この通の更に東側の通等に車輛が迂回するので「道路が妙に混み合った…」が生じ易くなる訳だ。

それにしても…午後8時前後の時間帯だが、妙に荒涼とした風景に視える…
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2017年04月24日

サハリン州郷土博物館(2017.04.22)

視ると「〇〇へやって来た!」と妙に納得する「個性的な建物」というモノが在る場所は多いと思うのだが…

↓ユジノサハリンスクでは「これ!」だと思う…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol02 (1)
↑「樺太時代」の1937年に完成した建物…サハリン州郷土博物館である。

滞在している宿から簡単に行ける場所なのだが…「季節外れな感じの雪」で歩き悪いというような状況や、色々と時間を取られたことが在って、月曜日の夜に到着後、土曜日の早朝に至って漸く眺めに行くことが叶った…

↓コンクリート造の建築に、瓦の屋根を組合わせるという、1930年代に一部で流行ったと伝えられる“帝冠様式”の建物だ…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol02 (3)

↓この博物館は「建物そのもの」が歴史を伝える“重要展示”のような趣だが…建物の周囲にも色々な屋外展示が見受けられる…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol02 (2)
↑手前の大砲は20世紀の初めの方で使用されたような様式のモノで、日露戦争でもこの種の大砲が使われている…

この場所!ユジノサハリンスクの「気に入っている場所」の一つだ。そして、これを眺めて「ユジノサハリンスクへやって来た!」と納得出来た…
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「レーニン生誕100年」の壁画が残る集合住宅(2017.04.22)

↓好天に誘われてユジノサハリンスク市内を歩いてみて見付けた…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol01 (12)
↑建物の右側壁に「1870-1970」と在るのは、レーニンの生誕100年を記念するものなのだろう…集合住宅の建物だが、多分1970年頃のモノだ…

↓恐らく、1970年頃にはソ連全土の方々に、こういうレーニンの画が登場したことであろう…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol01 (13)

樺太時代、ソ連時代、そして現在と、色々な時代のモノが混在しているのがユジノサハリンスクを歩き回ってみて面白い部分だ…
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<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>の屋根(2017.04.22)

2015年9月に<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>の建設中な様子を視たが、2016年に竣工して開いたと聞いていた。

↓「クーポル」と呼ばれる屋根は、中央の金色のモノを囲むように青いモノが4つ据えられ、計5個が朝の光に輝く…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol01 (16)
↑暫し見入ってしまった…

建物の周辺は、何やら周辺整備工事のようなモノが行われている様子だったので、「屋根のアップ」という写真にしてみた。
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2017年04月23日

<Хлебушек порционный>(フリェブーシェク・ポルツィオンヌィー)(ミニチュアのような黒パン)(2017.04.22)

「ロシアの黒パン」と言うと、多少好き嫌いが判れるのかもしれないのだが、私は気に入っていて、サハリンでは時々求めてみたり、宿の朝食で何種類かのパンが在る場合には黒パンを選ぶ…

スーパーの一隅のパン類が並ぶコーナーで黒パンを見付けたのだったが…現在滞在中の宿には「切るモノ」が無いので、強引に黒パンを求めるのも憚られると思っていた…そこに「妙なモノ」を見付けた…

↓大きさの比較のために、85oの長さの一般的な煙草が入った箱と並べてみたが…極小サイズの黒パンが在った!!
my favourite on APR 22, 2017 (11)
↑ラップに貼り付けられたシールに「75g」と書かれていた。よく視掛ける黒パンは「400g」とか「450g」とか「500g」という感じなので、「1/6」とか「1/8」というような感じになるであろうか…これが1つ18ルーブルだった。6個も8個も買えば、普通なサイズの黒パンより割高なのは間違いないのだが…

手軽に何口かで頂いてしまえるサイズのモノだが…普通に「これだ!」という、「普通の黒パン」の味がした。ニシンを肴にブランデーを頂く合間に齧っていたが、なかなかに好かった。一寸した「お気に入り」になりそうな気配である…

↓この日の買出し…合わせて512ルーブル…千円札を持って買物に出て、レジで一寸小銭を出すようになったという雰囲気だったと思う…
my favourite on APR 22, 2017 (5)

こういうようなこと…サハリン滞在時の「一寸したお愉しみ」として、少し癖になりそうな感じである…
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<СЕЛЬДЬ "По-французкий">(セーリチ “パ・フランツスキー”)(ニシンのフランス風)(2017.04.22)

↓“パ・フランツスキー”という文字を視て「何が“フランス風”なのか?」と思ったが…要するに「塩味が強めなオイル漬け」だった…
my favourite on APR 22, 2017 (7)

↓ピクニック用のようなフォークも併せて求め、それを使って開けた容器からニシンを取り出して頂いた…
my favourite on APR 22, 2017 (8)

各種加工食品を手掛ける地元企業による製品と見受けられるのだが、これがなかなかに悪くない。綺麗に切り揃えたニシンに塩味が滲みるようなオイル漬け…何処となく「鰊の切り込み」を思い出さないでもないのだが、それでも「マリネ」という風な体裁で、飽くまでもニシンの切り揃えた身が在るばかりだ…

この種の「ニシンの…」というようなモノは、「サハリンに少し滞在」という人達の間では、存外に馴染みかもしれない。美味く、高価な感じでもない。この画のモノで、プラスチック容器に200g―オイルも含む重量かもしれないが…―入って99ルーブルということだった。この日はブランデーの肴にしたが…ウォッカとの組合せも好さそうだ…
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<АРМЯНСКИЙ КОНЬЯК ☆☆☆>(アルミャンスキー・カニャック 3つ星)(2017.04.22)

好天に恵まれた土曜日…時季外れな感じの雪でベチャベチャだった足下も多少落ち着いていたことから、街を少し歩いてみる時間も設けながら過ごして居た…

そして迎えた夕刻…「一寸、飲物…」と買い出しに出てみた…

↓一寸した肴と併せて頂いてみることにしたのだ<АРМЯНСКИЙ КОНЬЯК ☆☆☆>(アルミャンスキー・カニャック 3つ星)…
my favourite on APR 22, 2017 (9)
↑“アルミャンスキー・カニャック”というのは「アルメニアのブランデー」という一般名詞な筈で…固有の愛称のようなモノはよく判らない…

250mlで310ルーブル…陳列棚に在った「最後の1本」だった…伝統的なブランデーらしい芳香が好く、微妙に辛口な感じがした。何となく…これを1本直ぐに空けて、深く眠った…
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2017年04月22日

コルサコフ:G.I.ネヴェリスコイ提督銅像(2017.04.21)

↓<СКВЕР ВАККАНАЙ>(スクヴェル・ワッカナイ)=稚内広場にも近い辺りに、なかなかに立派な銅像が在る…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (7)
↑ロシアでは、サハリンでの様々な活動の端緒を拓く活躍が在った人物として知られるG.I.ネヴェリスコイ提督である…

コルサコフ市では、このネヴェリスコイ提督の率いる一隊が上陸し、現在のコルサコフ市内の一隅に<ムラヴィヨフスキー砦>を築いたという1853年―日本史では「黒船来航」の頃…―の故事をもって「建都」と位置付けている。

↓この銅像は、2013年に「建都150年記念」というようなことで設置されたモノだ…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (8)
↑コルサコフ市では「1853年建都」ということで「サハリンで最も古い街の一つ」と言っている。もっと、史跡等も紹介されるべきだと思うが…

ネヴェリスコイ提督の一隊がサハリンで活動したという故事の以前から、日本の人達はサハリンに多くの足跡を残している。幕末期にサハリンの帰属を巡って、ロシア側と日本の幕府側とがなかなか折り合わなかったのは、ネヴェリスコイ提督の一隊が活動という故事に因んで領有を主張するロシア側に対して、幕府側が「かなり以前からの日本人の足跡」を根拠に譲らなかったからであるのだという…

銅像一つから、色々と話しが拡がるものだ…
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コルサコフ:<СКВЕР ВАККАНАЙ>(スクヴェル・ワッカナイ)=稚内広場(2017.04.21)

↓コルサコフ市内の公園の一画にこんなモノが据えられていた…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (6)
↑「コルサコフ・稚内(日本) 友好都市10年を記念して 2001年」と石板に刻まれている…

↓週の前半から半ばの「季節外れな雪」が中途半端に残り、マダマダ“早春”という風な公園である…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (5)

稚内市とコルサコフ市との友好都市提携は1991年に遡り、昨2016年は25年だった…

コルサコフの<СКВЕР ВАККАНАЙ>(スクヴェル・ワッカナイ)に対し、実は稚内にも<コルサコフ広場>というモノが在る…何れも、広く人口に膾炙しているのか否かはよく判らない…誰かが言及したのを聞いたという覚えが無いのだ…

稚内市とコルサコフ市との歴史的な関わりは深い…それに鑑みての友好都市提携だった…そうした歴史や、コルサコフのことに関しては、更に知ってみたい…
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2017年04月21日

<☆СТОЛИЦА>(スタリッツァ)(2017.04.21)

↓商業施設の建物…夜の様子だ…
Yuzhno-Sakhalinsk in night on APR 21, 2017 (1)
↑市内に幾つもの店舗を展開するグループが運営している施設で、販売や飲食のテナントが入っている。通りに面した建物の脇に10階建てのビルも在って、そちらには一部にオフィスが入っている…

週末の夜に会食ということになり、10階建てのビルの方に入っている飲食店を利用した帰り道…「ギラり!」と光っているような感じに惹かれて、何となく写真を撮った…
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ユジノサハリンスクのスーパーの惣菜コーナーで見付けた「ゴツい“焼き鳥”」(2017.04.20)

ユジノサハリンスクでは近年、「スーパーの惣菜コーナー」が充実の度合いを高めているように見える…そういう場所で、適当に何か見繕って、滞在中の宿で頂いてみるというようなことも悪くはない…或いは、そういう位の方が気楽で手軽に楽しめるのかもしれない…

↓こんなモノを見付けて、思わず求めて頂いた…串に刺さった鶏肉…これならフォークか何かを用意するまでもなく頂くことが出来る…
my chicken on APR 20, 2017 (2)
↑これは「量り売り」で、「1s=749ルーブルのモノが354g」ということで265ルーブルだった…「日本円で?」と考えれば、何となく「500円ワンコイン」に近い感じの価格に視えるが、現地社会でどういう感じに受け止められているのかはよく判らない…ただ、この種の惣菜の種類が増え、それなりに売れているようにも見えるので、「妥当な価格帯」なのだろうか…

これは惣菜が並ぶコーナーで、店員さんに「そこの…それを2本お願いします…」というようにお願いすると、トレーに載せてラップを掛けて、量り売りの価格等のシールを貼り付けてくれる。それをレジに持ち込んで精算し、持ち帰ることになる…

↓こういうような感じで、レジ袋に入る…
my chicken on APR 20, 2017 (1)
↑序でに、小さなパンとミネラルウォーターも求めた…

「2本で354gの鶏肉」という“焼き鳥”風なモノ…なかなかに「食べ応え」が在る。結局「塩味の焼き鳥」というような味わいだ。一寸タマネギも刺さっていたが、圧倒的な鶏肉の存在感だった…
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ネベリスク:広場の改修工事(2017.04.20)

↓ネベリスク地区行政府庁舎前からの眺めだ…
Nevelsk, Sakhalin on APR 20, 2017 (1)
↑正面に旧庁舎を改装したネベリスク郷土歴史博物館が在り、建物の前にレーニン像も在る。画面では切れてしまっているが、左側は文化センターだ…

御覧のとおりの広場なのだが、日本語の文字が在ることから、日本の何処かから持ち込まれた中古と見受けられる重機が動き、右側手前で測量のようなことをしている人達の姿が視える。作業をしている人達は、確り防寒作業服を着込んでいる。

この「街のメインの広場」のような場所だが、整備工事が始まった。数ヶ月間での竣工が目指されている。

ネベリスクは2007年の地震災害で大きな被害が生じて以来、順次「再建と整備」が進んでいる。“第1期”という感じの整備は、2011年頃までで、2011年には文化センターがオープンした。その翌年には新市庁舎、2014年には博物館だ。他にも色々だが…現在は“第2期”とか“第3期”という趣で、この広場の整備や、他に公園やスポーツ施設の整備計画が在るようだ。

ところで…レーニン像に関しては、広場の整備計画を練る中で「移転案」が有力であったようだが、「モニュメントは濫りに動かすものでもない」という話しになって、動かないことになったらしい。他所の事だが、2013年から2014年頃に広場を整備したコルサコフでは、レーニン像は“遷座”…動いていたが…長くない期間だが、“考え方”や“ルール”が変わったのかもしれない…

ユジノサハリンスクからネベリスクへの道路は整備が完了し、乗物での移動がスムースになっている。機会を見付けて、この広場の様子も見届けたいものだ…
posted by Charlie at 05:06| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする