2015年11月17日

鹿児島:磯海岸から望む桜島(2015.10.24)

鹿児島市内を動き回る際には、鹿児島市交通局の1日乗車券が心強い味方である。路面電車、路線バスと市営交通に一通り乗車可能であり、加えて市営交通が運営する市内の名所を巡るバス<シティービュー>にも乗車可能である。今般も、その1日乗車券を到着した日の夕刻に用意し、翌日の早朝から、鹿児島から発つ夕刻に至るまで確りと利用させて頂いた…

午前中の間、市街から桜島が見える東寄りの方角に関しては、「北の国の住人」の目線では「殆ど夏?!」というような強い陽射しのため、遠景が見え難い状態が続いていた…実際、「殆ど夏?!」と感じた24℃か25℃という気温で、長袖Tシャツ1枚にジーンズ穿きという出で立ちで動き回っていたのだったが…そうしている間に陽が高くなる昼頃となっていた…そうなると、東寄りの遠景も見易くなる…

そういう具合に考えて、鹿児島中央駅前から<シティービュー>に乗車し、仙巌園に向かった…

仙巌園とは…薩摩・大隅に君臨した島津家が江戸時代に設けた別荘で、磯と呼び習わされる海岸部に在る。眼前の錦江湾を池に、桜島を築山に見立てた庭園が知られる場所である。辺りの海岸から望む桜島が美しい…

その「歴代の島津侯も愛でた桜島の景観」を愉しんでみたくなり…仙巌園前に<シティービュー>で乗り付けた後、「過去2回立寄っているから、今回は…」と仙巌園に入場せず、海岸を目指して歩いた…途中にやや広い駐車スペースも在るコンビニが在る辺りを通り抜ければ、直ぐに海岸だ。鉄道の線路が通っていて、踏切も在るやや交通路が多めな道を渡るので多少は注意を払うべきだが、直ぐに海岸に至る。夏は海水浴を楽しむ人達が大勢やって来る場所らしいが、それ以外の時季にもマリンスポーツに取組む皆さんの活動場所となっているように見受けられる場所だ…

↓桜島が姿をくっきりと見せてくれた!!
View of Sakurajima in afternoon on OCT 24, 2015 (1)
↑遥か昔から、この地方の歴史を見守り続けて来た火山…大正時代の噴火で、大隅半島と地続きになったということではあるが、正しく“島”として洋上に突き出した山である…何処と無く…地元の利尻を思い出してしまわないでもないのだが…

↓ギリギリの水際に歩み寄り、桜島の偉容を撮ってみる…
View of Sakurajima in afternoon on OCT 24, 2015 (5)

↓高い部分の岩肌…何か猛々しい感じだ…そして低い部分の緑が、何か柔かな感じがする…
View of Sakurajima in afternoon on OCT 24, 2015 (3)

暫く眺めてから、街の側へ向かう<シティービュー>に乗車しようと仙巌園前の停留所に向かった。「少々…暑い…」と、額に薄らと浮かんだ汗を長袖Tシャツの袖裾で拭いながら歩き…コンビニで思わずアイスクリームを求めてしまった…この日の25℃というのは…稚内では「正しく夏!!」なのである…翌日になって、稚内では「シーズン初めての降雪」ということが在ったのをしることとなったが…「時季外れの“夏季休暇”」と思いながら旅に出て、出先で「夏?!」という感じになった訳だ…

↓それにしても…「こんな風景を少し眺めてみる」というだけの目的で、遥々訪ねてみても後悔しない!!そんな感じだ…
View of Sakurajima in afternoon on OCT 24, 2015 (9)

この磯海岸から望む桜島も、何度でも出会いたいような「気に入った風景」の一つである…
posted by Charlie at 20:30| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鹿児島:夜明けの桜島(2015.10.24)

「地元以外」の地域に関して、“関係性”と言えば善いのか、“感じ方”と言うのが妥当なのか、巧く表現し悪い“距離感”というもので区別出来ると思う…

鹿児島に関しては…2011年に初上陸を果たして以降、2012年、2013年に2回、2014年、そして今般と「毎年」のように訪れている…巧く表現し悪いのだが、何処か「居心地の好さ」を感じると同時に、「気に入った風景」が幾つも在り、時々それらに出会ってみたくなるのである…友人に「また鹿児島に寄ってしまって…」と話せば、「半ば“実家”か何かのような頻度で行っていないか?もう“珍しいモノ”も然程無いであろうに…」と笑われてしまった…然程の縁も無い地域ながら、何か「気に入った風景」を何度でも眺めてみたくなるということで、心の“距離感”として「近い!」と勝手に思っているかもしれない。住んでいる稚内からは、かなり遠い地域ではあるのだが…

↓これはその、鹿児島の「気に入った風景」の一つだ…
View of Sakurajima in early morning on OCT 24, 2015 (1)
↑鹿児島港の一隅に相当する辺りから望む桜島である…画は、日が高くなる少し前の時間帯に相当する…

この場所に関しては、2011年に初めて鹿児島に上陸しようとした際、図々しくも鹿児島市役所の観光の御担当にお訪ねして知ったのだった。「路面電車で訪ね易い辺りで、桜島が綺麗に見える場所?」という主旨でお尋ねしたところ、「繁華街の一画を占める“いづろ通”停留所から、地名の由来になった大きな石造の灯篭―“いづろ”とは「石灯籠」が転訛した語である。―が在る方向に向かえば海岸で、<ドルフィンポート>という商業施設が海岸部に在り、その先の緑地は桜島がよく見える」という情報を寄せて頂いた。2011年の初上陸の際に寄り、以降は鹿児島を訪ねる都度に立寄って桜島を仰ぎ見ている…2013年12月に立寄った際には、雨天で雲が垂れ込めていて、然程でもない距離に在る1,117mも高さが在る山ながら、視えなかった…その時以外は、「各々の表情」が視られた…

前日から好天であった。前日夕刻、好天の鹿児島に着いたが、何か「遠景が霞む」ような按配であった。早朝に至ってもそういう様子が続いているように見受けられた…

この<ドルフィンポート>辺りから視る桜島は、鹿児島の市街の東寄りに相当する。朝は、桜島の背後の空が暁色に染まる様が視られる場合も在る…

↓暫く様子を眺めていると、桜島の背後の空は色を変え始めた…
View of Sakurajima in early morning on OCT 24, 2015 (2)

↓山の背後が暁色に燃え始めた…
View of Sakurajima in early morning on OCT 24, 2015 (7)

↓程無く「燃える」感じは落ち着く…
View of Sakurajima in early morning on OCT 24, 2015 (10)

こういうような桜島の様子が見られると、勝手ながら「桜島に到着を歓迎して頂いている」という気分になる…そして何度でもこの風景に触れてみたくなるのだ…
posted by Charlie at 20:16| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広島:朝の原爆ドーム(2015.10.28)

今般の旅では、「天候を司る何か」が私に好意的であった様子で、日程中に1日だけ「雨天に行動を阻まれ…」という感であったが、他は殆ど「好天!」だった…

実は博多駅隣接のバスターミナルで夜行バスに乗車する前…福岡県内で雨だったのだが…JR九州バスの真っ赤な車輛で到着した広島は好天だった…

↓真っ赤な車輛が到着した広島のバスターミナルは、都心部の紙屋町に在る…
The bus has just arrived at Hiroshima on OCT 28, 2015 (1)
↑バスの案内に在った到着予定時刻よりも多少早い到着で、順調な移動だった…

「(広島も)好天に恵まれて好かった」と思いながら、半袖Tシャツの上に長袖のワークシャツでジーンズ穿きというような出で立ちで戸外に出てみると、同じバスに乗って着いたのか、若い男性が直ぐ傍で携帯電話を手に話しながら歩いていた。「めっちゃ寒い」という言葉が聞こえた…「やや冷え込んでいる」と言える状態なのかもしれないが、「夏が完全に過去形」であると感じられるようになっていた場所から行っている私の感覚としては、「陽が高くなって行く前の、やや涼しい状態」と思っていた…

「広島に立寄る」という考え…『空白の天気図』に描かれた気象台を訪ねてみたいということで強く抱くようになったが、他に「原爆ドームの写真を撮りたい」という想いも在った。原爆ドームそのものに関しては、永く「視たい…」と思っていて、2009年に初めて立寄ることが叶い、以降は御無沙汰してしまっていた。当時は、非常に小さいフォーマットで写真を撮っていたので、現在となっては「やや不満…」な感じなので、多少満足度が高い写真を撮りたくなっていたのである…

博多でバスに関してターミナルの窓口で尋ねた際、バスはバスターミナルに着くと判ったが「好都合!」と思っていた。紙屋町に在るので、原爆ドームが近いのだ…

↓明るくなって来た空に、原爆ドームの姿が浮かぶ…
A-Bomb Dome at Hiroshima in early morning on OCT 28, 2015 (4)
↑建物越しに消え行こうとする月が見えた…この画の方角が、西寄りの空を望む方角だと判った…

↓こういう様子を視て、「初めて原爆ドームを視た時に感じたこと」を思い返していた…
A-Bomb Dome at Hiroshima in early morning on OCT 28, 2015 (5)
↑初めて視た時、「存外に小さい?」と思ったのだったが…それも無理からぬことで、ドーム状の丸い屋根は「建物の真中辺り」に相当し、1915(大正4)年の竣工後に<広島県物産陳列館>として開館して、原爆投下当時は<広島県産業奨励館>と呼ばれていた建物は、ドーム状の屋根を頂いた部分の両脇に構造物が存在していたのである。「ほぼ真上」からの強烈な爆風で、両脇の構造物が粉砕されてしまい、「建物の“3分の1”か“4分の1”」というような部分が残っているので「小さい?」と思えた訳だ…

↓川の側、西寄りに回り込むと、少しずつ明るくなる東寄りの空が背景になる…
A-Bomb Dome at Hiroshima in early morning on OCT 28, 2015 (6)
↑こういう色合い…何か“寂寥感”のようなものを強く感じる…

↓この原爆ドームに近い橋が、原爆投下時の目標地点の目安にされたらしいが、そんな橋の側から原爆ドームを望んでみる…
A-Bomb Dome at Hiroshima in early morning on OCT 28, 2015 (9)

やがて、橋の辺りを少し歩き、やや遠ざかる原爆ドームを眺めながら…「早朝は、とりあえず珈琲を…」とコンビニで珈琲を求めて頂いた…

↓そしてこんな光景に出くわした…
An old tramcar with A-Bomb Dome at Hiroshima in early morning on OCT 28, 2015 (1)
↑原爆ドームを背景に、年季の入った路面電車…“広島”と聞くと想い起すようなイメージかもしれない…

1950年代に入った頃には、ここは「原爆ドーム」が通称になっていたようだが…平和公園の整備も進められ、1960年代に入って、被曝が原因の病に侵された少女が「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろうか」等と書き遺したことを切っ掛けに保存されることになったという原爆ドームである…人類の歴史というものは、或いは「戦争の連続」なのかもしれないが、原爆というのはそうした歴史の中でも「最も惨憺たる記憶」ということになるであろうか…そんなことを想いながらこれを見詰め、この日は例の気象台の建物を見学に行ったのだった…
posted by Charlie at 08:05| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする