2015年11月11日

広島の路面電車:北九州からやって来た602(2015.10.28)

路面電車が愉しいと思うのは…様々な時代に製造された、新旧の車輛が各々に元気に軌道上を往来している様子が視られるからなのだが…広島は殊更に多様な車種が見受けられる…

↓こんな様子!「美しい!!」と思った…
Tramcars at Hiroshima on OCT 28, 2015 (1)
↑“アーバン・グレイ”とでも言うような色合いの街並みに、赤とクリーム色のやや年季が入った路面電車が映える…やや細身のシルエットが美しい!!

この602という車輛…3輛在った600型の中、唯一残っている車輛だという。1輛は事故関係で損なわれ、もう1輛は老朽化で不具合が目立つようになったことから廃車になったそうだ…

この602は、1975年に西鉄が北九州市内の路面電車を廃止した関係で余剰となった車輛を、車庫火災で車輛が不足していた広島電鉄が引き取り、1976年に広島へやって来て活躍するようになったのだという。北九州時代は500型と呼ばれていたもので、初登場は1948年である。既に67年経つ!!

1970年代辺りには、各地で路面電車の縮小や廃止が相次いでいたが、そういう時期を中心に路面電車がマダマダ活躍中の広島へ各地からやって来たという車輛が多く存在する。それらの中には現在も運航中である車輛が多く含まれており、広島の軌道は「動く博物館」の様相を呈しているかもしれない…

それにしても…たった1輛だけ残った602…主に、運行密度が濃い朝のラッシュ時を挟む時間帯で動いているようだが…永く活躍し続けて欲しいものだ…
posted by Charlie at 18:18| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

改装された日田駅の駅舎(2015.10.27)

以前から、何となく日田に興味が在り、今般は小倉から福岡を目指す際に、彦山線の小倉・日田間の列車に乗車し、日田から久留米に出て、そこから博多駅を目指す経路を辿ることを思い付いた…

↓これが日田駅の駅舎である…
Hita Station's building on OCT 27, 2015 (1)
↑建物そのものは、決して新しい感じでもないが…「手が入った」と思わせる雰囲気であった…

日田駅は久大本線の駅であり、彦山線の列車も乗入れている駅だ。現在の駅舎は1972(昭和47)年に完成したものであるという。そのように言われてみると、なるほど「昭和40年代から昭和50年代位の建物」という雰囲気が在るように見える…

↓到着した列車から降りてみる…
Trains at Hita Station on OCT 27, 2015 (1)
↑小倉からの列車が着いたのは、駅舎に接しているでもないホームである…

このホームから、跨線橋ではなくホーム端の階段を下り、地下方式の通路を経て改札を通って駅舎に出ると…新しい木造建築に入り込んだ際の、「新しい木材の芳香」のようなものが感じられた…

一寸調べてみると…2015年7月から「おんせん県おおいた」という“ディスティネーションキャンペーン”を催すことになって、それに合わせて改装を行ったとのことである。2014年から工事を行い、2015年3月に竣工してオープンしたようだ…

↓日田駅の改装竣工を伝える報道…
>>JR日田駅:木の香り漂う駅舎 42年ぶりリニューアル /大分 毎日新聞 2015年03月29日 地方版

日田の辺りは、古くから林業が盛んな地域であった経過も在り、<日田杉>という木材が知られるらしいが、改装に際してはそうした木材を積極的に取り入れたようだ…

↓驚いたのはこれである…
Hita Station's building on OCT 27, 2015 (3)
↑インテリア会社のショールームではない…日田駅の待合室の一部である…

多少驚きながらも、インテリアの感じを視て「所謂“水戸岡デザイン”であろう…」―博多で展覧会を催していたことが在って、折良く博多に居合わせたのでゆっくりと見学したことが在り、巧く言葉にし難いものの、何となく水戸岡氏の“特徴”というようなものが頭の中に在る…―と思っていたが、そのとおりだった。JR九州関係で「弁当の包み紙から新幹線車輛まで」と大活躍の水戸岡氏がデザイン監修で、この日田駅の改装は進められたようだ。

「昭和40年代から昭和50年代位の建物」という雰囲気が在るように見える形状―各地の「○○地域の中心的な都市」という雰囲気の一寸した規模の街で、見掛けるような感じの建物だと直ぐに思った…―だが、少し思い切ってダークグレーの塗装としてみると…何か「新しいデザイン」ということで雰囲気が随分と変わるように思う。そして地元の地名を冠した<日田杉>という木材さえ在るということで、大胆に木造、または木造風な設えを、辺りに木材の芳香が漂う程度に豊富に採り入れている…気になるお値段だが…上記に引いたリンクの報道によれば「1億円」だそうだ…建物を新たに建てるのであれば、その5倍も10倍も必要であろう…

「昭和40年代から昭和50年代位の建物」と言えば…概ね40年ということになり、場合によっては少々の傷みや、「旧い…よな…」という雰囲気も漂うのであろうが…この日田駅の駅舎は、そういう感じ方とは無縁であった。私は建物の型等から「改装」と直ぐに思ったが、例えば関係者等に「新築です!!」とでも言われたら、多分それを信じると思う…

強く感じたのは、この日田駅の駅舎改装のように、多少古くなって、場合によって草臥れた感じであろうと、熱意在るデザイナーを迎えて工夫するようなことをすれば、最低限の改装工事費で「好い雰囲気だ…」と思えるようなモノを造ることが叶いそうだということである…

日田に立寄った際には、この日田駅の駅舎のように「こういうの…好いなぁ…」と思ったことも、「もう少し何とかならないのか?」と思ったことも在った。何れにしても、古くは鉱山関係の輸送手段であったという彦山線を経て辿り着いた日田の訪問は、然程長くはなかった滞在ではあるが、大いに記憶に残るものとなった。
posted by Charlie at 17:59| Comment(0) | HDR/2015年10-11月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする