2015年06月24日

稚内港北防波堤ドーム(2015.06.23)

「一日の中に四季が在る」というような表現…初めて私の耳目に触れたのは…高校1年の英語の教科書に載っていた文章だったような気がしている…

その高校1年の時の、御厄介になった、英語の授業をやっていた担任の先生の話し口調やら、教室の雰囲気やら、通学時のバスや地下鉄の様子等、色々と思い出すのだが…「一日の中に四季が在る」というような表現を不意に思い出したのは、昔を懐かしむということとは然程関係が無く、「最近の稚内の様子」の中で何となく思い浮かんだのである…

最近は、晴天、曇天、雨天の変化周期が「やや細かい」感じがする。一日の中でも、時間帯によって晴天、曇天、雨天の変化幅が大きめだ。そして、「温かくなった…」と思えば「肌寒い…」という風になり、また少し温かめになり、多少安堵していれば「マダマダ!」とばかりに空気がひんやりとしてしまう…衣類選びに多少悩む…

6月23日は、「雲が多い?」と思える時間の他方で、「時季らしい」とも思える蒼天が拡がるような按配であったが、この数日間の「やや温かい」という感の空気を押し出し、「少々ひんやり」な空気が大きく踏み出して来たような感もした。外に一寸出て「寒かった…」と口にしている方も多く見受けられた…

夏至を少し過ぎたが、マダマダかなり日が長い…

↓稚内港北防波堤ドームの辺りへ近付く…

↑東寄りに相当する、宗谷丘陵側の陸地が遠くに見えているが、霞む空気の中に丘陵の形状や風力発電のような大型構造物の輪郭が覗き、強力な照明装置で照らされているかのように見える…

↓風浪も静かである…鏡面のような海面が輝く…


↓少し高い位置から、辺りの離岸堤を観ると、一寸面白い…

↑画面奥が北北西という感じになるだろうか…やや西寄りな空だ…

↓マダマダ明るいが、何時の間にか灯が入った…


↓灯が入り始めたばかりの頃の、屋蓋の下の感じ…


↓稚内港北防波堤ドームの手前…広場の地面に地図が刻まれている…密かに気に入っている眺めだ…


「やや肌寒い?」感じで好天な一日がこうして暮れた…
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2015年06月20日

稚内:北門神社の鳥居(2015.06.18)

金曜日から土曜日…何か雲が多い…曇天だ…金曜日の夜には小雨も交じったが…

↓木曜日は空が好かった!!

↑好天に引き摺られて、「日の長い時季の夕刻」の戸外に出てみた…

↓正しく「描いたような」感じで雲が散っている蒼天!!なかなかに好い…


過日話題にしていたが…最近は「好天がやや続かない…」感じもする…
posted by Charlie at 11:01| Comment(0) | HDR/稚内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画『KANO 海の向こうの甲子園』が本当に愉しかった!!!

ブラインドの隙間から朝の淡い光が射し込む中、<大阪ストロング>を静かに啜る…静かな朝に頂く珈琲の美味さが際立つのは、<大阪ストロング>そのものの美味さの御蔭だけではない。今朝は、何か深い満足感に包まれている…

“白夜映画祭”と称し、近所の映画館で「オールナイトで映画を上映」という催しをやっていた…その中で「この作品!?」と大変に気になっていた作品が在った。午前3時40分から午前6時40分というような時間帯で上映されることを知り…金曜日の夕刻に食事を愉しんでから直ぐ休み…3時台に起き出して、映画館に足を運んだ…

↓観た作品はこれだ!!


「近日公開」というような映画の情報に触れ…「これは!?」と「前のめり」に「観たい!!!!」という作品は出て来るが…近所の映画館で必ず上映されるでもないし、上映されている映画館が在る街へ行く機会が設けられるでもなく、機会が在っても映画館へ道草するゆとりが無い等、些か残念な思いをすることが実に多い…この『KANO 海の向こうの甲子園』もその「残念な思い」をした経過が在る作品であった…それが、街の催しというようなことで観られた!!実に善かった!!

1931年の甲子園…現在の高校野球の前身である“中等学校野球大会”が物語の主な舞台となる作品で、台湾南部に在った「嘉義農林学校」(“嘉農”が通称で、野球チームのユニフォームには“KANO”の文字が入る…)のチームが主役である。映画館のホールに陣取って映画を観ていて、「劇中の野球チーム」に過ぎないのだが、何時の間にか「チームに声援を贈るように、夢中になっている…」ということに気付いて、多少苦笑いもしてみたくなった…

物語は、1944年頃の或る日、フィリピン方面に向かう将校が、「嘉義に着いたら起こしてくれ…」等と言いながら、台湾南部へ向かう列車に乗車するような辺りから始まる。この将校が、「忘れ得ない1931年の甲子園に現れた“嘉農”」を振り返るという体裁…加えて“嘉農”そのものの様子を追うというような、双方の筋が交差するような按配で物語は展開する。

冒頭の将校…直後の“回想”で“中等学校野球大会”に出場した経過が在ることが判る。「札幌商業学校」のエース投手だったのだ。開会式の回想…北海道から九州までの各代表に加えて、“京城”(ソウル)とか“大連”というプラカードも見える選手入場が行われている。当時の“中等学校野球大会”では、“朝鮮”、“満州”、“台湾”という出場枠も在ったのだ…選手達が勢揃いした辺りで「交通事情により、到着の遅れているチームが…」と戸惑い気味に司会が言い出すと、どやどやと現れた一団が…それが“嘉農”であった。「甲子園!着いたぞ!」とガヤガヤしていて、「お前達!!並ばんかぁ!!」と監督が一喝…バタバタと集合した選手達の列に“嘉農”の面々が加わった…「何だ?この連中は?」という“失笑”、“冷笑”というムードで迎えられた無名チームという按配だった…

こうしてこの“嘉農”が甲子園へ至った経過が語られる…

“嘉農”の野球チーム…「一度も勝ったことがない」ようなチームだった…メンバーとなっている農林学校の生徒達は、中国系商工業者の息子や現地民農業者の息子、日本人の土木や農業の技術者の息子で、「多民族混成チーム」だった…

このチームに、学校の事務員で会計係の近藤が出くわす…更に、近藤が四国の松山で野球をやっていて、指導者経験まで在ることを知った農林学校の教員が、野球チームの指導をするように口説くのだった…

近藤は、松山で野球の指導が巧く行かずに飛び出し、台湾に流れて職を得た過去が在ることが示唆され、教員に口説かれても逡巡したが、結果的に監督を引受けた…「多民族混成チーム」で「勝ったことがない」ので揶揄され勝ちだったが、近藤は「“野球をやろう”とするのに、民族は関係ないやろう!」と言い切り、寧ろ守備が巧い日本人、打力の高い中国人、俊足の高砂族とメンバーの持ち味を組合せて佳いチームが造れる筈だと“熱血指導”を続ける…

こうした中…チームの面々は“熱血指導”に戸惑いながらも懸命に練習に励む。「甲子園!」を掛け声に近所でランニングをしていて、「妙なガキども…」と街の“名物”のようになって行く…そうした中で、チームは「闘う姿勢」を持つようになって行く…

やがて甲子園の“1枠”を賭けた「全島大会」が始まり、」“嘉農”の面々は次々と強敵に競り勝って優勝し、台湾代表として甲子園に向かうのである…

本作はチームの面々の成長物語でもあるが、監督を引受けた近藤が自身を見詰め直す物語でもある。「各々の持ち味で佳いチームを…」というのが、美しく、熱い…甲子園では1回戦に勝っても「揶揄的な見方」をする人達が見受けられたが…そんな人達までもが、“嘉農”の奮戦に心揺さぶられるのである…

久し振りに「この映画が観られて善かったぁ!!」と強く思った。実は今日、6月20日午後1時から、稚内ではもう一回この作品の上映が在る。未見の方で、稚内に居てお時間が許すなら是非!!素晴らしい作品だった!!
posted by Charlie at 08:18| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月19日

“稚内市開基百年記念塔”から望む黄昏る利尻富士と稚内港(2015.06.17)

↓稚内市街の後背に在る丘陵の、海抜170m辺りに高さ80mの記念塔が建っている…

↑塔の上層、海抜240m相当辺りが展望室になっている…

↓日本海側には利尻富士が見える…少し霞み、空は夕日の色合いを帯びている…“逆光”で視悪いが、利尻の山頂辺りは、流石に積雪は殆ど見えない…

↑この日は霧や雲がやや多かったが、6月15日の“ホワイトアウト”に出くわした経過が在ったので“リベンジ”と称して訪ねてみたのだった…

↓間もなく灯が入るであろう市街側には稚内港が拡がっている…

↑丘陵の形状を縫うように、独特な色合いを帯びた夕日の光線が街に射し込んでいる…

時には、こういう光景を眺めるのも好いものだ…
posted by Charlie at 19:35| Comment(0) | HDR/稚内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蝦夷鹿と“稚内市開基百年記念塔”(2015.06.17)

“稚内公園”と呼ばれる市街後背の丘陵…近年は「鹿の領域?」という感さえしてしまう…

↓こういう具合に、鹿は悠然と辺りを徘徊している…この辺で出くわす鹿だが…奈良公園辺りや厳島神社辺りで出くわすような鹿よりも、かなり大柄な感じがする…“北”では動物は大柄になるものなのか?

↑この辺りで鹿と出くわすと…鹿と“睨めっこ”風になる場合さえ在る…そんな時には「その方…如何した?」とでも問われているような気分にさえなる…

上の写真で、鹿の背後に建っているのは“稚内市開基百年記念塔”である。1877年と伝えられる、現在の市町村役場に相当する“戸長役場”の設置から100年を記念して1978年に完成したモノだ…

↓記念塔の中は、展望室と地域の歴史を伝える記念館が在るのだが、入って直ぐ辺りに狼の剥製が在る…

↑剥製だが、なかなかに迫力が在る…

鹿は近年、どうしたものか数が増えている。剥製の狼のような肉食獣が居ないという事情も在るのかもしれない…

この辺りの眺望はなかなかに素晴らしいのだが…今の時季でも俄かに深い霧が発生して“ホワイトアウト”のようになってしまうことがある…実は、6月15日に訪ねた際にそれに当って、6月17日に晴れていたので「“リベンジ”で一寸行ってみるか…」と、夕刻に辺りを散策したのだった…日が長い、現在の時季ならではの行動である…
posted by Charlie at 07:58| Comment(0) | HDR/稚内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

1975年以来、40年ぶりに優勝のウォリアーズ!!万歳!!万歳!!万歳!!

「善いこと!!!」という話しの翌朝…「夢だったのか?」と疑ってみたくなることが在るのだが…今回は「夢ではない!!」のだ…

NBAの2014-15シーズン…リーグ王者を決めるプレイオフのファイナルは、“西”のゴールデンステート・ウォリアーズと、“東”のクリーブランド・キャバリアーズとの間で争われていた。対戦成績4勝2敗で、ウォリアーズはクリーブランドを破った。優勝だ!!本当に優勝した!!

ウォリアーズはNBAの草創期にフィラデルフィアに興ったチームで、フィラデルフィア時代に2回のリーグ優勝をしている。サンフランシスコ地区…ベイエリアに移転後は、1975年に優勝している。以来、優勝は無い…今回は「40年ぶり!!」なのだ!!

2007年に「第8シードが第1シードを撃破」という“奇跡”を演じ、ウォリアーズがプレイオフの1回戦を突破した時…「優勝でもしたような騒ぎ」だったが…今回は「本当に優勝」である!!私自身…昨夕は何時もの“W”に出掛け、「私としては珍しいオーダーですが…」とジョッキのビールを頼んで、「ウォリアーズ優勝おめでとう!!」と呑み干した…その以前に、夕刻に帰宅するや否や、「ウォリアーズの優勝を祝して乾杯!!」と一人でグラスの<明月>を呑み干して、一人で拍手までしてしまった…

2014-15シーズンのウォリアーズは、シーズン82試合を67勝15敗で終えた。パシフィック地区1位で、リーグ全体でも今季最高勝率だ…

「ウォリアーズの戦いぶり」と言えば…「100点取られたら101点取って勝つ!」という哲学を地で行くような感じが、何故か伝統のようになっていて…これは換言すると「1点差でも負けは負け」と紙一重で…「無理にシュートを?否、打たされている?」という展開が目立ってみたり、経験が浅い若手選手中心の布陣で、リーグ屈指のスターを擁する対戦相手に翻弄される一方だったり…何か「斯く闘い、斯く敗れリ」が延々と続く有様のシーズンが多かった…それでもオークランドで観た、根強いファン―「あんなチームを応援している奴なんか居るのか?!」とまで、米国のスポーツ関係のコラムに書かれていたことさえ在った…―、地元の老若男女―アリーナには、本当に近所のお年寄りという風情の方から、小学生位の可愛らしいお子さんまで集まっていて、好プレーに拍手を贈っている様子が視られる…―が試合を観ている中に混ぜて頂いて「何時か、このチームに栄光を!!」と応援し続けている。

67勝15敗という次元になると…“連敗”が殆ど記憶に残らない…何か「勝率を他チームと競り合った」というイメージさえ薄い…常時、半歩か一歩脱け出していた感じである。正直なところ、私は「恐ろしい…」と思った。「絶好調!!!」が「唐突に瓦解?!」という、「嫌だぁ!!!!」という状態が不意に訪れるような気がして怖かった…しかし…「東の果ての、凍る海の辺りで応援してくれている君!!心配無用!!」とばかりに、ウォリアーズはシーズンを通じて快進撃を続けてくれた…

今季は「我等が主将」ことリーの負傷欠場が目立った感だったが…カリーが「ステップアップを完全に果たした」感でチームを牽引していたように見える…ファイナルで対戦したクリーブランドは、かのレブロン・ジェームスを擁している。レブロン・ジェームスは2006年に札幌で視ている…漫画の『北斗の拳』に登場する強敵は、実際より大きく見えるように描かれて、身体の周囲にオーラが出ているようにまで描かれていたが…レブロン・ジェームスも正しくそんな迫力が漲っていた選手だった…ウォリアーズのカリーは、そのレブロン・ジェームスの世代の「少し後の世代」ということになるが、今季の奮戦の中で「対等、または対等以上に渡り合う」という感になった。そして破った!!

カリーとのコンビで“スプラッシュ・ブラザーズ”(「弾ける兄弟」ということか?)と呼ばれるトンプソン…何か「少し兄貴」のカリーと互いに刺激し合って弾けていた。更にバーンズやグリーン等、若い各選手も「優勝チームで名を上げてやる!!」というような野心と闘志が溢れる溌剌とした活躍を見せた。

今季は「欧州人の技と、米国人の力を持ち合わせる豪州人」ことボーガットが元気だった。激しい競技であるバスケットボールでは、負傷に泣く選手も少なくない…ボーガットもそうだったのだが、今季はほぼ万全な状態でシーズン入りして奮戦していた。リバウンドを“支配”してしまうボーガット…コートという大海を自在に泳ぎ回っている巨鯨のような存在感だ…

そして“ファイナルMVP”の表彰を受けたイグドーラ…何か“必殺!仕事人”というのか、「不敵な刺客」という存在感が在った…実力、経験、実績共に申し分無く「間違いなく常時先発」という感の選手ながら、カーヘッドコーチは敢えて彼を「六人目の男」ということにした。これが「瑕疵が在るでもないのに…」とチームを去ることになった前任のジャクソンヘッドコーチの采配との明確な違いだった…優勝を争えるような所へ進むには、「気合注入!!」、「流れを引寄せる!!」或いは「行こうぜ!!行けるぞ!!」と若い選手達を盛り立てたり、「マダマダ負けないぞ!!」と相手の主力選手を牽制する動きを見せるような、「何でもやるベテラン」が必要なのだ…NBAは選手の異動も多く、各チームの“差”が小さく見えるリーグで、近年は“連覇”の例が余り無い中、選手時代に「4シーズン連続で優勝」という貴重な経験をしているカーヘッドコーチは、自らも選手時代の後半に担っていた「何でもやるベテラン」の「六番目の男」という“重要な役”をイグドーラに託した訳である…カーヘッドコーチは、イグドーラを「自身が知る限り最もスマートな選手の一人」と評しているという。“スマート”とは「利口で器用」ということであり、「必要なことは何でもやろうとし、そしてそれが出来る」ということになる…

ウォリアーズを応援するようになったのは、サンフランシスコの想い出が切っ掛けだが…そのうち、バスケットボール観戦そのものが愉しくなった。バスケットボールは「最後の一瞬まで得点を挙げることを目指す」というゲームだ。“スコアレスドロー”が無い…何か「“スコアレスドロー”のようなモノを排し、勝とうが負けようが、試合終了のブザーが鳴る一瞬まで、1点でも得点してみようとする」というような“在り方”が…妙に好ましく思えるのである…

それにしても…「40年ぶりに優勝!!」である…“玄関マット”(米国プロスポーツで、「誰も顧みないような弱小チーム」をこういう具合に呼ぶ…)だった時期が永かったが、この優勝を機に、また近く新アリーナがサンフランシスコ市街側にオープンともいうから、ウォリアーズには「新たな黄金時代」を築いて欲しいものだ…

ウォリアーズ!!ありがとう!!

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2015年06月16日

宗谷丘陵(2015.06.15)

稚内市内で「見応えが在る風景」というようなことを言えば、幾つか思い浮かぶのだが…

↓その一つがこれ!!宗谷丘陵である…


氷河が大地を削って形成されたという地形…山火事で樹木が損なわれた状態になっていた場所を牧草地化している…

何か「スコットランド?」という感もするのだが…以前、スコットランドの方に、この種の写真を御覧頂く機会が在った際、先方も「日本の北の端の方?!嘘だ!!スコットランド…」という反応だった…

“宗谷岬”の海岸側の、北海道という島の北端部に相当する辺りの後背、丘陵の間に設けられた道を往けば、こうした「凄い感じ」に出くわすことが出来る…

これからの“夏季”は、ここを訪れるのに好適かもしれない。
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宗谷厳島神社の狛犬(2015.06.15)

稚内市内で、最も古い時期から記録に現れる地域としては“宗谷”が挙げられる。1685年頃には、交易や漁業の拠点として、松前家が“宗谷場所”を興したとされている。

その“宗谷場所”が設けられていたとされる辺りに、古い時代を偲ぶモニュメントが幾つか設けられている宗谷公園が在る。

↓宗谷公園の敷地に海岸側から近付くと、こんなモノが視られる…

↑神社の狛犬の“阿形”だが…永い間の風雪で、石材が削られてしまい、「これは何?」というような、不思議な表情の像になっている…

宗谷公園の敷地には、「宗谷厳島神社」が在る。1780年代には成立していたと見られている神社だ。「文政6年」(1823年)とか「天保6年」(1835年)とハッキリ刻印された鳥居も在り、それらは「ハッキリ判る、市内で誰でも視られる人造物では最も古いモノ」と見受けられる…

この「風雪に耐え続けて、独特な表情となった」狛犬が、何時頃から在るのか、ハッキリしたことは判らない。台座には、読み悪い感じで大正時代の年号と見受けられるモノは刻まれていたが…

いずれにしても、宗谷公園は「ややマイナー?」ながら、存外に愉しい訪問先だと思う…因みにこの日は、多分「シーズン初」だが、気温が20℃に到達したようだった…
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2015年06月13日

“深夜”のような時間帯に夜明けを迎える稚内港北防波堤ドーム(2015.06.13)

今朝の1杯目となる<ハイブレンド>を明るい窓辺で頂いている…早朝の時間帯から明るい感じ…少し久し振りのような感もする。

最近は、好天の印象を残すような一日でも、早朝は寧ろ曇天であることが多い…昨日もそうだった。朝は寧ろ曇天で、次第に天候が好転して青空が拡がった…

昨夕は…「夕食に何を頂こうか?」と迷い…米飯が付いた定食のようなメニューは止めて…

↓“オムキャベ”…(薄い玉子焼とキャベツ)


↓“ジンギスカン”…


↓“糠鰊”…


↓“宗八”…


という具合におかずだけを4品頂いて休んだ…

そして眼が開き…窓辺で戸外の様子を…昨夕までの好転が継続中で、遠くに朝陽が上る前のグラデーションが入った空の一部が判った…

↓一寸戸外へ出てみた…

↑光線が美しいが…未だ「3時台」である…

↓稚内港北防波堤ドームに近付く…

↑こういう光加減…久し振りに視た気がする…

↓今朝は極薄な雲が光に染まる感が、なかなかに好い…


↓海側も海面が鏡面のようになっている…


朝の空気は多少ひんやりとしているように思えたが、「寒くもない」という感じになっている。漸く「15℃を挟む辺り」というところか…

↓この時季…こんな光景に出逢えるのは、「殆ど深夜」のような時間帯だ…

↑何か「手近な辺りで絶景を独占!」という感さえする…

散策から帰宅しても…午前4時台…ゆったりと写真を整理…早くも…眠くなる…
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2015年06月12日

“サハリン土産”:ロシアの流儀の黒パン(2015.06.11)

“2015シーズン”としては初めての「コルサコフ行」となった<アインス宗谷>が6月9日に稚内港を発ち、6月11日に「稚内行」ということになって戻って来た…

6月9日、稚内辺りはやや雲も多く、多少の雨も交じっていて肌寒かったが、サハリンも6月9日から6月10日はこの辺と似たような天候傾向だったようである…6月11日は、若干雲が多い感では在ったものの、青空が覗いて穏やかな感じであった…

↓サハリンから稚内に到着した方から御土産を頂いた…

↑ロシアの流儀の黒パンである…一口に“黒パン”と言っても、色々なモノが在る…今般頂いたモノ…何となく「最もスタンダードな雰囲気?」と思える…

何時の間にか「かなり古い話し」になった学生時代…或る教授が話題にしていた。ロシアの黒パンが「美味い!」と思った教授は、ロシア滞在を終えて帰国する際に黒パンを買い込み、手荷物のバッグの一番上にそれを入れた。出国手続時、税関吏にバッグを開けて見せるように求められた。税関吏は黒パンを即座に認め、何やら笑いを噛み殺し、「結構…」と言って、他は特段にチェックせずに教授を通したのだそうだ…或いは黒パンは「ロシアで出くわす、身近なモノで、最も美味いモノ」の一つなのかもしれない…

何年前だっただろうか?サハリンを訪ねた際、何となくパンを求めて同僚への土産にしたことがあった。同僚は“パン好き”で、眼を輝かせた。爾来、私の周りでは、その同僚のために「サハリンへ渡って、多少ゆとりが在れば、黒パンを土産に…」という慣行が確立してしまった…

実際、ロシアの流儀の黒パンは、なかなかに美味いと思う。確りした歯応えが在り、パンらしい香ばしさと甘味に、ほんの少々の酸味のようなものが加わる。

↓切ってみると、こういう按配になる…


こういう黒パン…ロシアを含めて、欧州の「北、または北寄りな国々」でポピュラーな感じである。ロシア、北欧諸国、ドイツやオランダ等々で視掛けるイメージのパンである…それらの国々では、「ホテルの朝食バイキング」のようなものを利用すると、隅の方に大概、この黒パンをスライスしたものが並んでいるのを思い出す…

“パン好き”な同僚によれば…このロシアの流儀の黒パンは、適当に薄切りにして、冷凍庫に保存し、食べる場合に引っ張り出してトースターで温めると、少し長い間に亘って美味しく頂くことが適うのだという。私はその同僚を、戯れに“黒パン親善大使”と呼ぶことも在るが、同僚は土産のパンが届くと「先ずは確り保存…」と、パンを薄切りにして冷凍庫に入れる作業に勤しむのだそうだ…

さて…私も「少し御無沙汰だった黒パンを一寸愉しもう…」と頂いた一つを持ち帰ったが…“黒パン親善大使”こと同僚のように、冷凍庫に保存しようにも…拙宅には無い…引越し後、未だ冷蔵庫を買っていない!?友人の言を借りると「懐かしい、旧き善き貧乏学生のような暮らし振り」―考えてみると、学生時代には冷蔵庫は持っていて、先日の引越しの際に処分するに至るまで使っていたが…―なので…持ち帰った日の夕方と、明けた早朝で、確りと頂いてしまった…黒パンは「密度が高い」感じの仕上がりで、存外に「食べ応え」が在る…

それにしても、このサハリン土産の、ロシアの流儀の黒パンは美味い!!例年の事例を思い起こすと…「フェリーの運航期間」には、何度か頂く機会も在るかもしれない…
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2015年06月11日

稚内港北防波堤ドーム(2015.06.11)

このところ、「鮮やかな朝陽の光に彩られた麗しい朝」というものが、やや少ないような気がしないでもない…

<黒明月>のお湯割りを“茶代わり”に頂き、「大邸宅なら敷地の中」という距離に過ぎない“W”へ出て、気に入っている“ジンギスカン定食”を頂き、戻ってからは敢えて時計も視ず、「眠気が…」という辺りで寝入ってしまい、何となくスッキリ眼を醒ました朝である…

↓何となく湿った朝だ…


↓未だ灯りが点いている…何時の間にか、これが消える時間帯が酷く早くなっている…


↓灯りは直ぐに消える…


気温の感じ等は「巡る季節」ならぬ「迷走する季節」というような感だが、“明るい時間”の長さだけは「測ったように」長くなっている昨今だ…それでも「寒いですね…」が“挨拶代わり”だった一時期より、多少の気温上昇は見受けられるが…依然として肌寒い…

↓風は微弱で、浪も静かだ…


何となく、この6月は冴えない天候が続く…既に11日だが…
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2015年06月10日

今季の運航を始めた<アインス宗谷>(2015.06.09)

6月に入ると、稚内港中央埠頭辺りには利尻・礼文を目指す皆さんの姿が増える。離島観光のシーズンである…6月頃であれば「冷涼な地であり、他地域から行けば、少々寒く…」と訪れる皆さんも思ってはいるだろうが、今季は「妙なまでに寒い」ので驚いている方も多いことであろう…

その利尻・礼文との間を結ぶフェリーが発着するターミナルの正面に、少し小ぶりな施設が建っている。

↓海側へ廻ると、停泊しているフェリー…利尻・礼文との間を結ぶ船と型は似ているが、「一回り小ぶり」なフェリー…これが<アインス宗谷>だ…

↑<アインス宗谷>は1999年以来、「稚内・コルサコフ航路」に投入されている船である。この船は宗谷海峡を駈け、国境を越えてサハリンのコルサコフ港とを往来している。

稚内からサハリンの“最短区間”は、宗谷岬・クリリオン岬間の43kmで、50kmを超す稚内港から利尻島・礼文島への航路より近いが、稚内港・コルサコフ港間となれば、「宗谷湾の奥からアニワ湾の奥」を結ぶことになり、航路は158km程度だ。<アインス宗谷>の巡航速度は15ノット…時速30km弱なので、158kmを走破するには5時間半程度を要する…

↓<アインス宗谷>が停泊している辺りに、貨物の輸出入に関連する手続が行われる“蔵置場”が設けられているが、近年は<アインス宗谷>出航の日になると人や車輌が集まっている様子を視掛ける。

↑フェリーに車輌を積込み、サハリンへ持込んで使う…そういう「フェリーならでは」な旅に注目が寄せられている…「国境を越える」関係上、「一定の期間で持ち帰る」という条件で車輌を送り出す“一時輸出”という手続が行われる。序でに…持出した車輌をサハリンで運転するとなれば、“国際免許証”も必須である…

↓「今季の初めての出航」ということになった6月9日だが、多少の雨が交じった…


↓好天で景色が佳ければ、船旅は素晴らしいと思うが…この日はやや雲も多い…

↑他方で、浪は至って静かだった…滑る様に宗谷海峡を進むことであろう…

今季の<アインス宗谷>の活躍…9月18日までである…
posted by Charlie at 06:48| Comment(0) | HDR/稚内港 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする