2013年09月14日

『ユージノサハリンスク市民と旭川市民の友好関係強化記念碑 1981年7月吉日』(2013.09.09)

“秋晴れ”の趣だったユジノサハリンスク…南北に街を貫くレーニン通を北上し、交差点でサハリンスカヤ通に入り、西寄りから東寄りへ進む…

↓サハリンスカヤ通に在る、有名な石油会社の関連会社が入居している建物の傍に、誰かが足を止めるでもない小さな石碑が…
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↑“縦書き”なので「日本語!?」と思わず足を止めた…

碑には「ユージノサハリンスク市民と旭川市民の友好関係強化記念碑」と在る…

「友好関係強化記念」とはどういう意味なのだろうか?両友好都市関係者が集まった席等で、誰かが「友好関係の益々の強化を御祈念申し上げます」程度のことを言う場面は多々在ろうが…

ユジノサハリンスク市と旭川市の友好都市提携は、「ロシア革命50年」を踏まえた1967年であったと聞く。西暦の下一桁が“7”の年が「○十年」で、“2”の年が「○五年」である筈だ…写真の記念碑が登場した、「1981年」という時期がよく判らない…

多分これは…1979年に旭川市で公園整備をした際に“ユジノサハリンスク広場”を設けたことを受け、“返礼”的に設置したモノ…と推論するが…他方でユジノサハリンスク市内には“旭川”の名を冠した緑地も設けられている…よく判らない…

いずれにしても…ロシア語が一杯―当然かもしれないが…―な街で、不意に眼に留まる日本語は少し面白い…
posted by Charlie at 22:57| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一寸前のデザインのロシア陸軍迷彩柄のTシャツ(2013.09.09)

一寸汗をかいたのでTシャツを替えたが…

↓サハリンで入手したこんなモノを引っ張り出した…
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現行の「デジタル迷彩」なモノとは一味違う…時々視掛ける“ウッドランド迷彩”とも若干異なる…

なかなかに気に入ってしまった…
posted by Charlie at 11:21| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユジノサハリンスク:消防士のモザイク画(2013.09.09)

ユジノサハリンスクの街を歩くと、「少し昔風な飾り」が施された建物が散見する。そういうものを何となく眺めることが、存外に興味深い…

↓こういうような具合だ…
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↑存外に手が込んでいるモザイク画だ…

これは「火災現場から乳幼児を救い出す消防隊員」という画だ…ここは消防署の建物で、事務所が入っていると見受けられる他、この画の横辺りに車庫も在って、時々職員が車輌や装備を点検したり洗ったりしている様子も視掛ける…

恐らくは消防隊員の士気を上げる意味で、また危険な任務に邁進する消防隊員への地域住民の敬意と感謝を込める意味で、何時の頃かにこうしたモザイク画を飾ったのであろう…何気なく目立つ画なので見入ってしまうのだが、人命救助や危険な火災を収拾するという役目を担う人達の使命感や矜持というものに“国境”や“社会状況”など無関係なのだ、と感慨のようなものも起こる…

ロシアでは、消防関係の仕事は連邦政府系の機関が担っているようだ。

↓サハリンの各都市で活動する消防隊等を纏める部局のウェブサイトだ…
>>ГУ МЧС России по Сахалинской области
↑URLに在る“65”は自動車のナンバープレートにも見受けられる、サハリン州のエリアコードだ…

この消防関係の仕事をする機関はМЧС(エムチェーエス)と呼び習わされている。公式には「Министерство Российской Федерации по делам гражданской обороны, чрезвычайным ситуациям и ликвидации последствий стихийных бедствий 」(ミニスチェルストヴァ ラッシースカイ フェデラーツィー パ ヂェラム グラジュダンスカイ アバローヌィ、チレズヴィチャイヌィム シツアーツィー イ リクヴィダーツィー ポスリェトスチヴィー スチヒーヌィフ ビェトストヴィー)と言う。「ロシア連邦民間防衛非常事態及び自然災害対応担当省」という程の意味―官公署の呼称等に関しては、この種の煩雑なモノが多い…―で、「非常事態省」が定訳のようになっている。ロシア全土に「○○地方局」が在って、その指揮下で現場の部署が活動しているようで、サハリンには「サハリン州局」が設けられているようだ…

この辺りはユジノサハリンスクに滞在する際に通り掛る頻度が高いのだが、何時も見入ってしまう画だ…
posted by Charlie at 08:02| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コルサコフ港のナナカマド(2013.09.10)

9月3日から9月10日でサハリンに滞在した。9月4日、9月5日は「曇天基調雨交じり+(殊に5日は)強風」だったが、それ以外は好天に恵まれた…

↓何やら忙しい日々を過ごす羽目で、「漸く稚内に引揚げか…」とコルサコフ港のターミナルに着いた9月10日の朝である…
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↑“КОРСАКОВ”(コルサコフ)の看板の前の木…ナナカマドだ…

ナナカマドは実が綺麗な紅色になっていた…間もなく葉も色付くのであろう…晴れ渡った日中、精力的に歩き回ると汗ばむ状況だが、午前中などは寧ろ爽やかだ…

誰かが一寸巧いことを言っていた…9月5日辺りの好天は「“夏”と“秋”とが入れ替わる直前の、両者の鬩ぎ合いのようなものか?」とである…空には「夏の残滓」のような雲が見受けられる場合さえ在るが…サハリンは既に“秋の空”の趣で、ナナカマドの紅色の実が映える…
posted by Charlie at 06:46| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

<Московская кофейня на паяхъ> (モスクワ珈琲店合資会社)の<АРАБИКА>(アラビカ)(2013.09.06)

ユジノサハリンスク市内最大の商業施設内に在るテナントで、食品や日糧雑貨を扱うスーパーマーケットに立ち寄った際、珈琲豆を眼に留めた…8月に「ロシア企業がロシア国内等に向けて出しているモノ」を視付けて。それがなかなかに気に入っていたので、「機会が在れば今回も入手したい」と思っていたので、正しく「渡りに船」である…

↓こんなものを視付けた!!
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↑レシートを紛失したか棄ててしまったのだが、200ルーブル程度だった…

眼に留まったのは、上の方に在るロゴマークの“Московская кофейня”(モスコーフスカヤ・カフェイニャ)である。“Московская”(モスコーフスカヤ)は「モスクワの」という形容詞である。“кофейня”(カフェイニャ)は「コーヒーハウス」とか「珈琲店」というような意味である。口語的には「喫茶店」、「軽食と飲物の飲食店」というような感じで“кафе”(カフェ)が耳目に触れる場合が圧倒的に多いような気がするのだが、“кофейня”(カフェイニャ)も結構視掛ける。

「“モスクワの喫茶店風ブレンド”という按配か?」と何か期待が沸いてきて、思わず入手した…

↓入手した珈琲豆の上の方に在るロゴマークは、一寸調べると会社名であることが判った。下記は会社のウェブサイトだ…
>>Московская Кофейня на Паяхъ

モスクワ郊外に工場を構え、業界では五指に数えられる会社だということだ。何となくサイトに昔風な写真を使ったり、会社の電話連絡先を示す場所に古風な電話機の画を入れるなどしているので、この社名を敢えて邦訳にするとすれば「モスクワ珈琲店合資会社」位の多少古めかしく聞こえそうな感じがしっくりするような気がした…

“製品名”としては<АРАБИКА>(アラビカ)ということになる。上気のサイトで視ると、コロンビアの豆を使っているようだ…

ユジノサハリンスク市内等で珈琲を頂くと、「所謂“フレンチロースト”に類する、きつめな焙煎のブレンドかな?」という濃くて熱い珈琲が楽しめるのだが、この<АРАБИКА>(アラビカ)もそうした「濃い!」という系統の焙煎である。淹れてみると、珈琲らしい苦味の奥に若干の酸味という具合で、非常に好ましい感じだった。

この「モスクワ珈琲店合資会社」はロシア内外で商い―ロシアで一定程度の規模の会社となれば、“旧ソ連”であるCIS諸国やバルト3国で自社商品を扱うのは珍しくない…―をしているらしく、「茶色地の上にオレンジの細かい文字」で読み難いが、袋の横に英語(GB)、ウクライナ語(UA)、べラルーシ語(BY)、カザフ語(KZ)、ラトヴィア語(LV)、リトアニア語(LT)で製品紹介と思われること―英語のモノを判読しようとしたが、細かい文字がテカテカ光って、判読困難だった…―が書かれている…

どうでもいいが…正しく「朝のコーヒーは心を浮き立たせてくれる」というものである…
posted by Charlie at 06:47| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

Песни о Великой Отчественной Войне(大祖国戦争期歌集)(2013.09.06)

サハリンへ出掛けて、その辺の店でCDを仕入れる…時間が許せば必ずと言ってよい程にやってしまうことなのだが…今般の“島流し”でもそれをやってしまった…

↓今般視掛けて、思わず入手したモノの一つ…
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↑勲章のようなモノが大きく描かれたジャケットが妙に目立った…

ロシアでは1941年から1945年の第二次大戦を「Великая Отчественная Война」(ヴェリーカヤ・オッチェストヴェンナヤ・ヴァイナー)と呼ぶ。「大祖国戦争」である。これは、1812年のナポレオンの侵攻を「Отчественная Война」(オッチェストヴェンナヤ・ヴァイナー)(=「祖国戦争」)と呼んでいたのに対し、「より一層大規模で苛烈だった戦い」という意味合いで出て来た表現であるようだ。

「Великая Отчественная Война」(ヴェリーカヤ・オッチェストヴェンナヤ・ヴァイナー)とロシアの人達が言う時、それは主に“独ソ戦”を指す。軍人のみならず、民間人にも夥しい犠牲が発生していて、「誰しもが一族の誰かを戦死、戦禍で失っている」という一面が在るのである。そうしたことから、ロシアの人達の多くは「先人の苦労を偲び、犠牲を悼む」という気持ちを強く持っているように見受けられる…

更に、「戦時の苦労を偲ぶ」というようなことは、私自身位の世代にもそれなりに伝えられている様子だ。過日、世代が近いロシア人の知人と話した中で偶々話題になったのだが、その方の祖母―日本流に言えば大正後期に生まれている方のようだ…―は“レニングラード封鎖”(ドイツ軍が3年近くに亘って現在のサンクトペテルブルグを攻囲したことが在った…)当時に現地に居て、食糧難で大変に苦しんだ経験を持っていることから「モノを粗末にしてはいけない!!」と厳しい一面を見せることが在ったという想い出が在るという…

というような「Великая Отчественная Война」(ヴェリーカヤ・オッチェストヴェンナヤ・ヴァイナー)の時代の歌曲等を集めた二枚組のCDが在る訳だが…

↓9月前半辺りにユジノサハリンスクを訪ねるとこの種のモノを視掛ける…
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↑「偉大な勝利を想い起こそう」というようなことが書かれている…

「Великая Отчественная Война」(ヴェリーカヤ・オッチェストヴェンナヤ・ヴァイナー)と言った場合、ロシアでは先ず“独ソ戦”なので、それが終結した5月9日が重要な記念日ということになる。他方、サハリンでは近年、“対日戦”が公式に幕を閉じたことになっている9月2日に「先人の苦労を偲び、犠牲を悼む」ということをやり始めた。このシュの動きは、この5年程に盛んになっているように見受けられる…

私が9月6日に入った店で、眼に留まり易い場所に<Песни о Великой Отчественной Войне>(大祖国戦争期歌集)を置いていたのも、「9月2日関連」であろう…

帰国・帰宅して迎えたぼんやりとした朝、このCDを聴いている。勇壮さと哀愁感とが交じったような行進曲風な作品も見受けられるが、多くは「1940年代歌謡」という具合で、「何処か懐かしい」感じもするメロディーの歌である。何れも好い!少し驚くのは…日本では何となく“民謡”的な受け止め方をされる『カチューシャ』もこの「1940年代歌謡」の範疇に数えられて、確りと収録されていたことだ…

時には、“島流し”の思い出を振り返りながら、この種の音楽を愉しむのも善いのかもしれない…
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2013年09月10日

ЗДЕСЬ НЕ КУРЯТ(ズヂェシ ニェ クリャット)「ここは禁煙です」(2013.09.09)

商業施設館内に在るレストランで会食ということになった…タクシーに分乗して現場に向かい、私は先発組で後続を施設入口付近で待っていた…

↓施設の入口辺り…24時間稼動のATMが据えられている。ゴミ箱や灰皿も周辺に見受けられるのだが、何やら不思議な看板が掲出されている…
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↑“禁止”の意味の「赤丸の中に斜線」の図なのだが、モノクロの肖像写真のようなものが見える…

「これは何の看板だ?」と訝りながら近くへ…

↓こんな看板だ…
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↑煙草を燻らす様子の画が記憶に残る著名人の写真に“禁止”の意味の「赤丸の中に斜線」を被せて、「ここは禁煙です」という訳だった…

御一緒した皆さんと話題にしたのだったが…ゲバラ、チャーチル、アインシュタインは判ったが…もう一方…名前が出て来ない…

いよいよサハリンを発つ朝を迎えている…昨夜“先送り”にしてしまっていた荷物の整理も片付き、一寸だけ気になった画を視ていた…
posted by Charlie at 04:42| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月09日

ユジノサハリンスクの蒼天(2013.09.09)

トランク―ミュンヘンのデパートで“特売”だったRIMOWAのモノ…求めたのは198年だったか?何時の間にか適度に年季が…何処だったか、ルフトハンザ・ドイツ航空の航空券を扱う店でLufthansaのロゴが入ったバンドも求めて、それを合わせて使っている…―に持ち込んだ衣類等を詰め込まなければならないが…「明朝に“先送り”!!」を決め込んで休もうとした…

しかし、“先送りせず”に綴っておこうと思ったことが在った…

何処へ行っても…と言うよりも地元でもやることだが、空を見上げるのが好きだ…同じ色も二度とは視られないし、雲の形状も、雲と交わる光の感じも常に変わる…「一生に一度」という眺めなのである…

↓ユジノサハリンスクでも空を見上げた…
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↑朝夕が「冷え込んでいる?」という按配になり、空は「秋色」のように見えなくもないが、何処と無く「夏の残滓」が感じられ、「夏風な装い」の人が散見する…

9月6日以降、ユジノサハリンスクは好天が続いた。パタパタと用事に勤しみ、何となくこうした好天に余り眼を向けられなかったかもしれない…或いは、9月5日辺りの荒天は、「夏から秋へ」という幕間に発生した両者の鬩ぎ合いのようなものだったのかもしれない。

例の『道北物産展2013』(ВЫСТАВКА-ЯРМАРКА "СЕВЕРНЫЙ ЗОККАЙДО")のような催事で、小さな子どもが、会場内で配布されている何かを貰うような場面…その子どもの手を引く保護者が「こういう時はСпасибо(ありがとう)だよね?」とか、「○○ちゃん、Спасибо(ありがとう)は?」というような具合に子どもに声を掛けているような状況を時々視掛けた。「心優しき“普通”な家族」の暮らしが垣間見えるような一瞬だ…

最短距離で稚内市内から43km…稚内・コルサコフ航路で159kmと、名寄(約170km)、留萌(約190km)、紋別(約210km)というような「隣りの市」よりも近い距離に在りながら、異なる文化的背景、歴史認識を有する人達、異なる人種の人達も住むサハリン…しかし、文化的背景、歴史認識、異なる人種であろうと、圧倒的多数の人達は、何処かに確り境界線が引かれているでもない蒼天の下に居る「“普通”な人達」だ…

ふと見上げた蒼天と白い雲の様子を想い起こし、そういう「当たり前なこと」を改めて考えていた間にサハリン時間で日付が変わった…
posted by Charlie at 22:29| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユジノサハリンスク:“セイコーマート”(2013.09.09)

↓ユジノサハリンスク市内を少し歩いて、思わず足を止めた看板…
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↑オレンジ色で“seicomart”(セイコーマート)というロゴ…北海道ではお馴染みなマークだ…

看板にはロゴを中心に、「低価格で北海道の商品を御提供」というような意味合いの文字が並んでいる。これは随分以前から見知っている小さな食料雑貨の店だ…北海道内では、この“セイコーマート”は「街の○○商店がフランチャイズに加盟」というスタイルで店舗数を増やしている例も在る訳だが、何かそういうような現象でも始まっているようにさえ見えて驚いた…

“セイコーマート”は、カップ麺や飲料などの「自社ブランド」(所謂“PB”)を色々と用意し、積極的に販売している。

所謂“PB”は、スーパーマーケットやコンビニ等が独自に設定するブランドで、方々の製造者にそれを入れた製品を造って貰うものである。製造者としては、「安定的な受注」が確約される。販売者としては「少し安価に販売可能なモノが入手可能」である。スーパーマーケットやコンビニ等のチェーンストアは、積極的にこの“PB”を展開しているように見える。

“セイコーマート”は、この“PB”の商品をサハリンに輸出し始めた…偶々通に面して看板を出している事例の他、食料品を扱う方々の店に“コーナー”が出来ていて、「稚内のセイコーマートと同じモノ」が売られていた…“セイコーマート”は、サハリンでは「食品等の輸出商社」的な活動を目指すように見受けられる。サハリンにも、チェーン展開するスーパーの仕入れ部門や、小さな店に品物を卸す業者が見受けられる訳で、そういう場所に対して営業しているのであろう…

“時代”は動いている…稚内に上陸したサハリンの旅行者が「近所に在るのと同じマークだ!!」と稚内のセイコーマートを指差して言っている…ような光景も見受けられるようになっていくことであろう…
posted by Charlie at 16:21| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユジノサハリンスク:或いは夕陽を受け、或いは朝霧の中に佇む市庁舎(2013.09.07-08)

例によってユジノサハリンスク市庁舎に近い宿に滞在している。滞在中は、市庁舎近隣、同時に巨大なレーニン像が据えられた広場の近隣にも相当する辺りを少しばかり散策していた…

↓好天に恵まれた9月7日の夕刻である…
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前日からの流れでやや草臥れていたのだが、やや旧い建物に綺麗な外壁材を貼った美しい庁舎が夕陽を受けて輝く様は好い…「街の平和な土曜日が暮れる」様を静かに見守っているような感である…

↓翌日朝…9月8日である…朝食前に戸外へ出てみた…
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↑前日の夕刻とは趣が大きく異なる…

ユジノサハリンスク辺りは、地形の状況故なのだろうが、朝夕と日中との気温差が少々大きめであるように見受けられる。そのためか、好天の朝に霧が立ち込める場面も多々在るようだ…

街のど真ん中の市庁舎だが、何か「霧の立ち込む、森の奥深く♪」というような雰囲気も漂う…

↓順次追加中のサハリンでの画…
wakkanai097 - View my 'Photomatrix - Sakhalin, Russia on SEP 2013' set on Flickriver

「少し長い?」と思っていた“島流し”だが…明朝には帰国の途である…
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2013年09月07日

ユジノサハリンスク:レーニン像(2013.09.07)

巨大な大陸国の隅々に至るまで、主な街の通や広場にその名を刻んだ男が居た。

巨大な大陸国の東端付近の「島々から成る州」の中心都市では、彼が打ち立てた国の赤い旗が下ろされた後もそのまま彼の名は通の名として残り、彼の巨大な像はその名を冠した通を見詰めている。

↓通を見詰めているようにも、東の空を見上げているようにも見える像だ…
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↑目線の先に何が在るのか?

彼の足下を、父親に手を引かれた幼い少年が通り過ぎる。

幼い少年にとって、父親は「何でも知っている人」に他ならない。少年は問う。「これは何なの?」と。

父親は一瞬息子を見下ろした後、巨大な像を見上げた。父親は言う。「レーニンだ」と。

少年は重ねて問う。「何をしているものなの?」と。

父親は進む先に目線を向けたまま、「彼を記念したものだ」と答える。

親子連れは足早に去って行った。交わされる言葉は直ぐに聞こえなくなった。少年の記憶に、この像は「どのようなもの」として刻まれるのか?

好天の日の夕暮れである。「秋晴れ」という形容が似合いそうな様相を呈している。こんな時季、街を行く人達は「Tシャツ、短パン」の人も在れば、半袖も長袖もノースリーブも見受けられ、他方で温かそうな上着を着た人や、軽めなセーター姿の人も居る。「時季だから○○な服装」という概念は希薄なのかもしれない。

↓夕焼けを背景に佇むレーニンの足下に、大勢の人達が集まっている…
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↑何か催しが在るでもない、「或る晴れた土曜日」以上でも以下でもない…
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2013年09月05日

ユジノサハリンスク:<シティーモール>に掲出された『道北物産展2013』(ВЫСТАВКА-ЯРМАРКА "СЕВЕРНЫЙ ЗОККАЙДО")の看板(2013.09.04)

ユジノサハリンスク都心部とユジノサハリンスク空港とを結ぶ道筋の、空港寄りの辺りに、「サハリン最大にして極東屈指」の商業施設<シティーモール>が在る。食品、日用品のスーパーマーケットから、携帯電話や服飾や玩具やその他色々なモノを扱う商店や、映画館や飲食店やスポーツクラブ等々がテナントとして入居している施設だ…

込み合うのは昼頃から夕方である様子だが、「巨大な建物を囲む大きな駐車場」という感じの威容は凄い…

↓入口辺りからの画…
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↓巨大な壁に大きな広告看板が掲出されている…
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↑右端の、女性向け衣料品の店の広告に妙に惹かれたが…館内の店舗や催しの広告が出される…

↓これである!!
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↑9月7・8日の催事案内!!

実はこれの関係者の多くが9月5日にコルサコフ港へ着く予定であったが…フェリーの欠航で来られなかった…しかし、催事は9月7日に予定どおり始まるのである!!
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ロシアの歯ブラシ(2013.09.04)

宿の部屋に歯ブラシが備え付けられていなかったことを失念していた…

ユジノサハリンスクでもスーパーマーケットを覗けば、歯ブラシは幾らでも売っている。一寸、求めてみることにした…

↓こんなモノを求めてみた…
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↑1本18ルーブルだった…最近のレートで言えば50円強という感じか?2本求めておいた…

歯ブラシの値段…この18ルーブルが最も安価だった…40ルーブル前後、60ルーブル前後、100ルーブル前後、それ以上と実に様々なモノが在った…

日本国内で見慣れている最近の歯ブラシ…ブラシ部分が小さめなように思う。それに近いイメージのモノが在ったので見てみると…何やら児童向けなキャラクターが入っている…「子どもの歯ブラシを頼まれて買っている」という状況は珍しくはないとは思うのだが…自分用にそれを求めるのも、何か気恥ずかしい…

「普通の大人が何となく使うようなモノ」ということで、1本18ルーブルの歯ブラシを求めたが、ブラシ部分が何となく大きい…以前はこうした大きめなモノが主流だったような記憶も在るのだが…

こうした「どうでもいい」ような日用品にこそ「所変われば…」という面白さが在るのかもしれない…
posted by Charlie at 14:21| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月04日

<ヴレーミャ・ジャザ>は元気です!!(2013.09.04)

稚内には2007年、2009年、2010年、2012年の公演を通じたファンが確り居て、2012年の初登場で旭川でも「野外ライブをやって“買物公園”を“制圧”した幻のバンド」として一部に知られている、サハリンのバンド<ヴレーミャ・ジャザ>…2013年は来日公演の機会を設けられなかったが、サハリンで元気に活動している…

非常に幸運なことに、彼らの演奏と歌を聴く機会を持つことが出来た!!この感動を確りと整理しなければなるまい。素晴らしい演奏を聴いた昂ぶりの後であるが故に、早寝はし難い気分だ…

<ヴレーミャ・ジャザ>はサハリンのチェーホフ劇場に所属するバンドで、リーダーのピアニスト、ウラジーミル・キンジーノフの下に各メンバーが居て、様々なジャンルの演奏と歌を披露するバンドだ…

キンジーノフ氏はサハリンのネベリスク―1972年以来の稚内の友好都市―での教員を経て、チェーホフ劇場の音楽家となってバンドのリーダーになったのだが…ネベリスクでの教員時代、ソ連時代末期に差し掛かっていた中「簡単に往来出来る定期交通機関は無い現状だが…友好都市の稚内という所へ、ヨットを仕立てて行ってみよう!!」という『友好の白い帆』と名付けられたプロジェクトに誘われ、それに参加した。「初めて訪ねた日本」という思い出を大切にしていて、彼は『ワッカナイ』という曲を創り、ネベリスク時代にも披露していた程だった…

やがて「サハリンのジャズバンドを稚内へ?」という話しになった2007年、キンジーノフ氏は「懐かしき稚内」と再会し、稚内の音楽ファンは彼の素晴らしいバンドと出逢うことになる…

「懐かしき稚内」と再会したキンジーノフ氏は『ワッカナイ』の新ヴァージョンを用意し、2007年に稚内でそれを披露した…

稚内の音楽ファンは…「“幻”のようなものになったあの1回では勿体無い…」感じていたが…<ヴレーミャ・ジャザ>は何度も稚内に現れるようになった…その中で、彼らは全公演で必ず『ワッカナイ』を演奏するようになった…

やがて『ワッカナイ』は駅や空港で流す観光宣伝フィルムのBGMになり、稚内を訪れる多くの人達の耳に残るようになっている…

『ワッカナイ』はともかく、「サハリン随一のバンド」が何度も稚内にやって来てくれている訳だが、これもリーダーのキンジーノフ氏が「懐かしき稚内」を大切に思っていて下さるからこそであろうし、各メンバーも来日機会に色々な想い出を持ち帰っているからであろう…こうした辺りに「友誼に篤い」一面を見せることも在る「ロシアの人達の善さ」に気付かされるような気がしないでもない。或いは、所詮人間には「友達と友達になっていない人」の2種類しか居ないというようなことに行き着いてしまうのかもしれないが…

その<ヴレーミャ・ジャザ>のキンジーノフ氏と懇意にしている稚内在住の方が、今般サハリンを訪ねている。私自身とは全く別なグループなのだが、一緒になったフェリーの船上で「彼らの演奏を聴くことが叶う場面が…」という“超重要情報”がもたらされた…私自身稚内で、加えて昨年の旭川でもメンバーと接点が在り、時々彼らを思い出していたので、「多少強引にでも出掛けて…」と密かに期するところが在った…

小雨が降る中、「こんなものは雨の範疇では無い!!」と、少し懐かしい皆さんとの再会を期して会場となったホテル館内のレストランへ約40分の道程をものともせずに歩いた。そして嬉しい再会を果たした!!

↓演奏と歌を披露する<ヴレーミャ・ジャザ>…
wakkanai097 - View my 'группа 'Ваемя Джаза' из Сахалина (SEP 04, 2013 at Hotel 'GAGARIN' in Yuzhno-Sakhalinsk, Sakhalin, RUSSIA)' set on Flickriver

この日登場のメンバーは…

ウラジーミル・キンジーノフ(ピアノ)
ウラジーミル・マシキン(ドラムス)
ヴィターリー・ブィチコフ(ベース)
ユーリー・スヴォーロフ(サクソフォン)
ゲオルギー・ゾボフ(シンセサイザー)
エレーナ・アクシェンツェワ(ヴォーカル)
エレーナ・トロヤン(ヴォーカル)

キンジーノフ、マシキン、ブィチコフ、アクシェンツェワの各メンバーは4回の稚内公演全てに登場している。ゾボフは2010年、2011年に登場していて、トロヤンは未だ登場していない。スヴォーロフは2012年の稚内・旭川で初来日を果たした。

曲毎にヴォーカルは交代し、時々合唱になる曲も在るのだが、今般はその合唱になるモノは演奏しなかった…そして、「極東屈指!!」の呼び声も高いスヴォーロフのサクソフォンの音を軸にしたインストゥルメンタルの曲が素晴らしい…

↓今般の『ワッカナイ』(ライヴヴァージョン)を撮ってしまった…


素晴らしい生演奏に触れる…貴重な経験だ!!日本中、否!!世界中の人達に彼らの演奏と歌の素晴らしさを、是非知って頂きたいものだ…
posted by Charlie at 22:43| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月03日

Гренки чесночные(グリェンキ・チェスノチヌィエ)(ロシアのガーリック・トースト)(2013.09.03)

↓これがなかなかに気に入った!!
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昨年3月に知り、同年6月にも利用した宿の近所に在る店を思い出して、夕食を愉しみに寄ってみたのだったが…実は過去の利用の際にも確り頂いていた…

ロシアの色が濃い黒パンをカットしたものをガーリックオイルを付けて焼いたという代物である…

Гренки(グリェンキ)が「(パン等を)焼いたモノ」のことで、чесночные(チェスノチヌィエ)はニンニク(ガーリック)の形容詞である…従って「ガーリック・トースト」である!!

これを摘んでビールやウォッカを少々頂いて歓談…なかなかに好い…

日本国内でこれを愉しむとなれば…ロシアの流儀の色が濃い黒パンが、やや入手難かもしれない…私の中では「サハリン屈指のつまみ」という感である…
posted by Charlie at 22:56| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする