2013年02月25日

鹿児島の路面電車:早朝のいづろ通停留所付近を行く<7000型>(2011.12.20)(FotoSketcher)

4編成の中の何れかが判り難いのだが、早朝のいづろ通停留所付近で<7000型>を視掛けている…

↓“形状”が判り易い“鉛筆画”風に纏めた…
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“5連接”という独特な構造が判り易い具合に信号停止している…
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鹿児島の路面電車:繁華街を行く“7003”(2011.12.19)(FotoSketcher)

「緑の絨毯のような芝生が敷かれた軌道を新旧の車輛が行き交う」という鹿児島の路面電車に初めて出逢い、嬉々として様子を視ていたが…気になったのは「欧州風」な外観の新型車輛である…

↓日が傾き、街が多少忙しそうな感じになってきた辺りで、その新型車輛が行く様を視掛けた…傾いた光の中、明るい色の車輛が影の中に浮かび上がる感じになっている。
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↑「雑誌記事の挿絵」のような“イラスト風”に纏めてみた…傾いた光線で軌道はやや影が多くなっているのだが、左側手前辺りに小さな花壇が設けられていて、そこに花が咲いている様子に、12月ともなれば「氷雪の世界」となってしまう街から辿り着いた私は多少驚いた。

↓ここで見掛けた車輛“7003”について少し調べてみた…

<7000型>
『LRT(次世代型路面電車システム)整備計画』に基づいて導入された連接式超低床電車である。超低床電車を国産化した“リトルダンサー”シリーズの一つである。<7000型>の初登場は2007年で、最初に2輛が導入され、翌2008年に2輛が追加され、現在は4輛が活躍中である。5つの車体が連接されている。各々に“A”、“C”、“E”、“D”、“B”の順でアルファベットが振られている。編成の前後になる“A”と“B”、中央の“E”に台車が据えられていて、“C”、“D”はフロート構造である。電動機(モーター)は“A”に2基、“B”に2基据えられている。各種機器は、“超低床”に対応するために屋根上に設置されている。延長は18mだ。

画のカメラに向かっている側は“B”で、画の時点では後尾になっている。架線を支えるポールが車輛の一部に被ってやや視難い面も在るが、運転台が設けられ―画の時点では最後尾なので乗務員は居ない…―ている画の正面の直ぐ向こうに乗降用の扉が見える。そこが“D”だ…画では柱が被っている辺りに中間の“E”と、反対側の運転台に繋がる“C”の連結部が在る。天井側に、連結で生じる溝が覗く…そして画の時点では乗務員が居る運転台が在る“A”が連なる。なるほど、“7003”は5つの部分で編成されている…

この“7003”を含む<7000型>の前に導入された<1000型>は、3つの部分で編成されていた。この<7000型>は5つを連結する方式―中間車体を増設する方法―を採って、車内を拡げているようだ。旅客定員も<1000型>の55人から58人に対し、<7000型>は78人だ。序に<1000型>は延長が14mで、<7000型>より4m短い…

路面電車を“低床”にして乗降性を向上させる取組は、欧州各国で先行していた。1980年代後半に入り、各種機器の小型化が進んだという事情も後押しになり、色々な方式が工夫されたという。日本では“バリアフリー”が叫ばれ、「誰にでも優しい公共交通」が模索される中、1997年に熊本に超低床電車が登場したのが「初めての事例」となった。この「初めての事例」は、ドイツの車輛の“ライセンス生産”であった。これの登場後、日本のメーカーが「超低床電車の国産」を目指し、その成果として登場した“リトルダンサー”と呼ばれるシリーズの最初のモノとなったのが、鹿児島の<1000型>であった…

電車を低床にする際に“壁”になるのは「台車」である。そこで、「台車」を前後に寄せ、中間を「フローティング」にして、「低床の乗客スペース」を造る方式が工夫された。鹿児島の<1000型>は、乗車した際にこの方式であることが非常に判り易い…

この方式の他、「車軸の無い“独立車輪”」を据えて、車内を殆ど平坦な低床にしてしまう方式も在るようだ…熊本、岡山、富山等で見受けられる、ドイツの車輛の方式をベースにしたモノがこの方式だという…そして、広島ではこの“独立車輪”の方式を国産化したものが導入されているという…

電車の乗客には、乗客の数だけ“物語”が在ると思うが…乗客を乗せる電車の側も、現場に登場してくるまでに色々な“物語”が在るようだ…

<1000型>には“ユートラム”という愛称が冠せられているが、この<7000型>は“ユートラムU”という愛称が冠せられている。どちらの型も「時代の要請―“バリアフリー”提唱を受けた低床化―に、永く積み上げられた技術で工夫をして対応」というような、“ものづくり”に携わる人達の“心意気”が滲むような、“リトルダンサー”シリーズの製品である。<1000型>の方は車輛数も結構多く、見掛ける機会もやや多いが、その“弟”、“妹”に相当する<7000型>も活躍を拡げていくことであろう…
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鹿児島の路面電車:鹿児島中央駅前停留所で電車が詰まっている状況(2012.12.15)(FotoSketcher)

大阪で雨に降られ、それから逃れるように新幹線で熊本に向かった。熊本ではどんよりと曇っていたものの、未だ雨が降っていなかったのを「幸い」と思っていたが…やがて少し強めな雨が…雨から逃れてとりあえず熊本駅で休んでいると…興味津々だった“800系”の列車に乗れそうだったので、そのまま熊本駅から鹿児島中央駅へ南下した…

鹿児島に泊まることにして、鹿児島中央駅周辺の宿を目指そうとしていた辺りで、路面電車を視掛けた…

↓こんな様子である…“水彩画”風に纏めた…
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↑この日は鹿児島も雨が降ったということで、路面が湿っている…曇っていたが、若干日が傾いている時間帯であり、標識灯の灯り等が目立つようになってきている…

現在の鹿児島駅より少し遅れて“武駅”―辺りは永く「武村」と呼ばれていて、畑が広がる農村だったようだ…―が開業し、やがて“西鹿児島駅”に改名した。戦後になって暫くしてから、「貨物は鹿児島駅、旅客は西鹿児島駅」と“棲み分け”がなされ、西鹿児島駅は旅客ターミナル(=鹿児島市のメインの駅)となった。周辺は「新しい市街」として発展してきたように見受けられる…新幹線の開業を契機に、駅は“鹿児島中央駅”に再度の改名をして今日に至っている。JR九州の駅としては、博多や小倉に次ぐ程に利用者が多い駅らしいが…そしてその周辺の時期に、路面電車の停留所も現在の型になったようだ…

鹿児島中央駅辺りには、市内各所や県内各地、更に県外の都市とを結ぶバスが発着する場所も在り、「交通結節点」となっていて、路面電車の停留所も乗客が途絶えない。朝や夕刻は殊に乗客が多い…

この時は乗客が多い夕刻に入っていたが、そんな時間帯には運行間隔が縮まる。そうすると、何処かの停留所で乗降に時間が掛かった場合などに「電車が詰まる」状態が発生する…鹿児島中央駅前だけで発生する訳でもないが…鹿児島中央駅前でその「詰まる」状態が発生しているのを視て、「鹿児島に着いた…」と妙に強く実感した…

結局、夕食後までは雨に濡れて「生乾き」な上着を着ていたのだが…路面電車を視て「目指していた鹿児島に安着!!」という気持ちを強くして、足取りが少々軽くなった…
posted by Charlie at 08:12| Comment(0) | FotoSketcher/鹿児島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする