2012年07月23日

函館・旧ロシア領事館(2012.07.13)

5月にも函館に立ち寄っていて、7月に再び訪ねた…7月に関しては「江差の<開陽丸>」の関連で立ち寄っているという意識が強かったが…それでも函館山など、「訪ねていない場所」に立ち寄ってみた訳である…

函館は「海岸と背後の丘陵」という場所に開けた街で、坂道も多い…

↓こんなに急峻な場所も在る…
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↑坂の上の見晴らしは結構だったが…「路面状態の悪い冬季はどうするのだろう?」と心配したくなるような状態だ…

ここは“幸坂”というそうだ。途中までは相対的に緩やかで、いきなり傾斜が急になるという、一寸厄介な構造になっている…

坂の最高地点付近に、何やら不思議な建物が在る…

↓こんな建物だ…
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これは1906年に竣工し、翌年の大火の被害を受けて1908年に修復を完成したという建物で、「ロシア領事館」だった建物だ…

初めての“駐日ロシア領事”はゴシケヴィッチという人物で、彼が執務した場所はこの旧領事館とは違う場所であったようだ…このゴシケヴィッチの在任中、ロシア艦が対馬を不法占拠した事件が発生していて、幕府はこのゴシケヴィッチ領事と協議をしていたようである…

その後、ロシア正教の教会の辺りに領事館が在った時期が在り、火災の被害を受けて民家を借り上げるなどしていた時期が続き、1903年にこの旧領事館の場所で建物の新築工事が始まった。しかし、日露戦争が在って工事が中断してしまい、1906年に漸く完成したとのことである…

ロシア革命後、ここは“ソ連領事館”となったが、1944年に当時の領事が引き揚げた後は閉館したとのこと…1964年になって、函館市が外務省から建物を購入し、1996年までは青少年研修施設として利用されていたものの、永く閉鎖されてしまっているという…

↓永く閉鎖されてしまっているので、建物が多少傷んでいる…やや残念な感じがする…
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こういう“史跡”を巡る旅…また何度でも出掛けてみたいものだ…
posted by Charlie at 19:47| Comment(0) | HDR/2012年7月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

函館・ペリー提督来航記念碑(2012.07.13)

歴史的建造物が何棟か在り、周辺が美しく整備された函館の元町地区に銅像を視付けた…

↓なかなかに貫禄が在る紳士だ…
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↑この人物…ペリー提督である…

かの“黒船”で来航し、日本が永い鎖国の時代から開国に突入する切っ掛けを作ったペリー提督だが…彼は1854年に函館(当時は“箱館”)に来航している…

1854年、ペリー提督は幕府との間で“日米和親条約”を交わし、「下田は即日開港、箱館は翌年3月開港」と決定した。これを踏まえ、「港の下見」と称してペリー艦隊は箱館に入港した…箱館では、想定を超える「下田から4日間」という素早い動きで乗り込んで来たペリー艦隊への対応に幕府側は苦慮したことが伝えられている…が、18日間に及んだ箱館滞在中、ペリー提督は精力的な現地調査を行い、大きなトラブルもなく悠然と引き揚げていったようだ…

このペリー提督の像は、「来航150年」に先駆けて、2002年の5月17日(ペリーが来航したとされる日付)に除幕したものだそうだ…この地区には、一部に旧い領事館の建物も残されているのだが、米国領事館もこの地区に在ったらしい…そんな地区の一画で、ペリー提督は姿勢を正して函館港を見つめ続けている…

↓存外に公園の風情に会う銅像だ…
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幕末期に箱館は開港され、以後、北海道の代表的な港町としての歴史を歩むことになる…
posted by Charlie at 19:02| Comment(0) | HDR/2012年7月の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする