2017年04月26日

「ソ連 50年」の飾り文字が残る集合住宅壁面(2017.04.25)

↓パベーダ通の集合住宅の壁面に眼を留めた…
'1922-1972' on APR 26, 2017 (1)
↑イマドキ風な広告が下の方に…何かの看板をライトで目立つようにする仕掛けが壊れてしまったような状態になってしまっていて…高い壁には大きな文字が在る。

「50лет СССР 1922 - 1972」|と読めるが、これは「ソ連50年 1922 - 1972」ということである…1917年の革命後、“ソビエト社会主義共和国連邦”という体制が成立するのは1922年だった。そこから50年経った1972年、この集合住宅の壁に飾り文字が入ったのであろう。或いは、「50年記念事業」というようなことで建設が進められ、建設時に飾り文字が入ったのかもしれない…

'1922-1972' on APR 26, 2017 (2)

こういう「歴史を伝える街角」というような感じのモノに出くわすのが面白い…
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「ロシア革命100年」の懸垂幕(2017.04.25)

↓宿の近く、ミール通とパベーダ通とが交差する辺り…
'1917-2017' on APR 26, 2017 (2)
↑メーデーや独ソ戦終結を記念する祝日に向けて、国旗が飾られるなどしているが、大型広告看板や建物の懸垂幕が何となく目立ち「街の景観」を造っている感だ…

↓建物に在った赤い懸垂幕に眼を留めた…
'1917-2017' on APR 26, 2017 (1)

↓「1917 - 2017 偉大なる10月社会主義革命 100年!」と在る…
'1917-2017' on APR 26, 2017 (6)

共産党系の団体が掲出したモノであるようだ。「ソ連が旗を下ろしてから四半世紀も経ったのか…」とか「ロシア革命が“百年”も前か…」と、色々と考えながら懸垂幕を眺め入ってしまった…
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2017年04月25日

G.I.ネヴェリスコイ像(2017.04.25)

↓1853年にサハリンに上陸し「ロシアのサハリン」としての歴史を拓いた人物として、ロシアでは知られるネヴェリスコイ提督…ユジノサハリンスクのコムニスチーチェスキー通に銅像が在る…
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 24, 2017 (4)
↑何か渋い感じで気に入っている…

↓画の右側が西寄りで、午後8時前のこの画を撮った時間帯にはそちらから光が射す。
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 24, 2017 (2)
↑光の感じと、背後の空の雰囲気が好い…

この像…何となく「気に入った場所」になりそうだ。
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工事中…(2017.04.24)

何となく、「何時ものコースで動けず、一寸移動が遅れた…」とか「道路が妙に混み合った…」という話しを耳にする機会が多かった…

↓そういう原因になっている箇所に出くわした…
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 24, 2017 (20)
↑都心部のやや東寄りに相当する辺りで南北に延びる、少し交通量が多い通の一部である…

道路を完全に閉鎖して、舗装を全面的に直そうとしているようだ。この通の更に東側の通等に車輛が迂回するので「道路が妙に混み合った…」が生じ易くなる訳だ。

それにしても…午後8時前後の時間帯だが、妙に荒涼とした風景に視える…
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2017年04月24日

サハリン州郷土博物館(2017.04.22)

視ると「〇〇へやって来た!」と妙に納得する「個性的な建物」というモノが在る場所は多いと思うのだが…

↓ユジノサハリンスクでは「これ!」だと思う…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol02 (1)
↑「樺太時代」の1937年に完成した建物…サハリン州郷土博物館である。

滞在している宿から簡単に行ける場所なのだが…「季節外れな感じの雪」で歩き悪いというような状況や、色々と時間を取られたことが在って、月曜日の夜に到着後、土曜日の早朝に至って漸く眺めに行くことが叶った…

↓コンクリート造の建築に、瓦の屋根を組合わせるという、1930年代に一部で流行ったと伝えられる“帝冠様式”の建物だ…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol02 (3)

↓この博物館は「建物そのもの」が歴史を伝える“重要展示”のような趣だが…建物の周囲にも色々な屋外展示が見受けられる…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol02 (2)
↑手前の大砲は20世紀の初めの方で使用されたような様式のモノで、日露戦争でもこの種の大砲が使われている…

この場所!ユジノサハリンスクの「気に入っている場所」の一つだ。そして、これを眺めて「ユジノサハリンスクへやって来た!」と納得出来た…
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「レーニン生誕100年」の壁画が残る集合住宅(2017.04.22)

↓好天に誘われてユジノサハリンスク市内を歩いてみて見付けた…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol01 (12)
↑建物の右側壁に「1870-1970」と在るのは、レーニンの生誕100年を記念するものなのだろう…集合住宅の建物だが、多分1970年頃のモノだ…

↓恐らく、1970年頃にはソ連全土の方々に、こういうレーニンの画が登場したことであろう…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol01 (13)

樺太時代、ソ連時代、そして現在と、色々な時代のモノが混在しているのがユジノサハリンスクを歩き回ってみて面白い部分だ…
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<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>の屋根(2017.04.22)

2015年9月に<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>の建設中な様子を視たが、2016年に竣工して開いたと聞いていた。

↓「クーポル」と呼ばれる屋根は、中央の金色のモノを囲むように青いモノが4つ据えられ、計5個が朝の光に輝く…
Yuzhno-Sakhalinsk in morning on APR 22 vol01 (16)
↑暫し見入ってしまった…

建物の周辺は、何やら周辺整備工事のようなモノが行われている様子だったので、「屋根のアップ」という写真にしてみた。
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2017年04月23日

<Хлебушек порционный>(フリェブーシェク・ポルツィオンヌィー)(ミニチュアのような黒パン)(2017.04.22)

「ロシアの黒パン」と言うと、多少好き嫌いが判れるのかもしれないのだが、私は気に入っていて、サハリンでは時々求めてみたり、宿の朝食で何種類かのパンが在る場合には黒パンを選ぶ…

スーパーの一隅のパン類が並ぶコーナーで黒パンを見付けたのだったが…現在滞在中の宿には「切るモノ」が無いので、強引に黒パンを求めるのも憚られると思っていた…そこに「妙なモノ」を見付けた…

↓大きさの比較のために、85oの長さの一般的な煙草が入った箱と並べてみたが…極小サイズの黒パンが在った!!
my favourite on APR 22, 2017 (11)
↑ラップに貼り付けられたシールに「75g」と書かれていた。よく視掛ける黒パンは「400g」とか「450g」とか「500g」という感じなので、「1/6」とか「1/8」というような感じになるであろうか…これが1つ18ルーブルだった。6個も8個も買えば、普通なサイズの黒パンより割高なのは間違いないのだが…

手軽に何口かで頂いてしまえるサイズのモノだが…普通に「これだ!」という、「普通の黒パン」の味がした。ニシンを肴にブランデーを頂く合間に齧っていたが、なかなかに好かった。一寸した「お気に入り」になりそうな気配である…

↓この日の買出し…合わせて512ルーブル…千円札を持って買物に出て、レジで一寸小銭を出すようになったという雰囲気だったと思う…
my favourite on APR 22, 2017 (5)

こういうようなこと…サハリン滞在時の「一寸したお愉しみ」として、少し癖になりそうな感じである…
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<СЕЛЬДЬ "По-французкий">(セーリチ “パ・フランツスキー”)(ニシンのフランス風)(2017.04.22)

↓“パ・フランツスキー”という文字を視て「何が“フランス風”なのか?」と思ったが…要するに「塩味が強めなオイル漬け」だった…
my favourite on APR 22, 2017 (7)

↓ピクニック用のようなフォークも併せて求め、それを使って開けた容器からニシンを取り出して頂いた…
my favourite on APR 22, 2017 (8)

各種加工食品を手掛ける地元企業による製品と見受けられるのだが、これがなかなかに悪くない。綺麗に切り揃えたニシンに塩味が滲みるようなオイル漬け…何処となく「鰊の切り込み」を思い出さないでもないのだが、それでも「マリネ」という風な体裁で、飽くまでもニシンの切り揃えた身が在るばかりだ…

この種の「ニシンの…」というようなモノは、「サハリンに少し滞在」という人達の間では、存外に馴染みかもしれない。美味く、高価な感じでもない。この画のモノで、プラスチック容器に200g―オイルも含む重量かもしれないが…―入って99ルーブルということだった。この日はブランデーの肴にしたが…ウォッカとの組合せも好さそうだ…
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<АРМЯНСКИЙ КОНЬЯК ☆☆☆>(アルミャンスキー・カニャック 3つ星)(2017.04.22)

好天に恵まれた土曜日…時季外れな感じの雪でベチャベチャだった足下も多少落ち着いていたことから、街を少し歩いてみる時間も設けながら過ごして居た…

そして迎えた夕刻…「一寸、飲物…」と買い出しに出てみた…

↓一寸した肴と併せて頂いてみることにしたのだ<АРМЯНСКИЙ КОНЬЯК ☆☆☆>(アルミャンスキー・カニャック 3つ星)…
my favourite on APR 22, 2017 (9)
↑“アルミャンスキー・カニャック”というのは「アルメニアのブランデー」という一般名詞な筈で…固有の愛称のようなモノはよく判らない…

250mlで310ルーブル…陳列棚に在った「最後の1本」だった…伝統的なブランデーらしい芳香が好く、微妙に辛口な感じがした。何となく…これを1本直ぐに空けて、深く眠った…
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2017年04月22日

コルサコフ:G.I.ネヴェリスコイ提督銅像(2017.04.21)

↓<СКВЕР ВАККАНАЙ>(スクヴェル・ワッカナイ)=稚内広場にも近い辺りに、なかなかに立派な銅像が在る…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (7)
↑ロシアでは、サハリンでの様々な活動の端緒を拓く活躍が在った人物として知られるG.I.ネヴェリスコイ提督である…

コルサコフ市では、このネヴェリスコイ提督の率いる一隊が上陸し、現在のコルサコフ市内の一隅に<ムラヴィヨフスキー砦>を築いたという1853年―日本史では「黒船来航」の頃…―の故事をもって「建都」と位置付けている。

↓この銅像は、2013年に「建都150年記念」というようなことで設置されたモノだ…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (8)
↑コルサコフ市では「1853年建都」ということで「サハリンで最も古い街の一つ」と言っている。もっと、史跡等も紹介されるべきだと思うが…

ネヴェリスコイ提督の一隊がサハリンで活動したという故事の以前から、日本の人達はサハリンに多くの足跡を残している。幕末期にサハリンの帰属を巡って、ロシア側と日本の幕府側とがなかなか折り合わなかったのは、ネヴェリスコイ提督の一隊が活動という故事に因んで領有を主張するロシア側に対して、幕府側が「かなり以前からの日本人の足跡」を根拠に譲らなかったからであるのだという…

銅像一つから、色々と話しが拡がるものだ…
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コルサコフ:<СКВЕР ВАККАНАЙ>(スクヴェル・ワッカナイ)=稚内広場(2017.04.21)

↓コルサコフ市内の公園の一画にこんなモノが据えられていた…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (6)
↑「コルサコフ・稚内(日本) 友好都市10年を記念して 2001年」と石板に刻まれている…

↓週の前半から半ばの「季節外れな雪」が中途半端に残り、マダマダ“早春”という風な公園である…
Korsakov, Sakhalin on APR 21, 2017 (5)

稚内市とコルサコフ市との友好都市提携は1991年に遡り、昨2016年は25年だった…

コルサコフの<СКВЕР ВАККАНАЙ>(スクヴェル・ワッカナイ)に対し、実は稚内にも<コルサコフ広場>というモノが在る…何れも、広く人口に膾炙しているのか否かはよく判らない…誰かが言及したのを聞いたという覚えが無いのだ…

稚内市とコルサコフ市との歴史的な関わりは深い…それに鑑みての友好都市提携だった…そうした歴史や、コルサコフのことに関しては、更に知ってみたい…
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2017年04月21日

<☆СТОЛИЦА>(スタリッツァ)(2017.04.21)

↓商業施設の建物…夜の様子だ…
Yuzhno-Sakhalinsk in night on APR 21, 2017 (1)
↑市内に幾つもの店舗を展開するグループが運営している施設で、販売や飲食のテナントが入っている。通りに面した建物の脇に10階建てのビルも在って、そちらには一部にオフィスが入っている…

週末の夜に会食ということになり、10階建てのビルの方に入っている飲食店を利用した帰り道…「ギラり!」と光っているような感じに惹かれて、何となく写真を撮った…
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ユジノサハリンスクのスーパーの惣菜コーナーで見付けた「ゴツい“焼き鳥”」(2017.04.20)

ユジノサハリンスクでは近年、「スーパーの惣菜コーナー」が充実の度合いを高めているように見える…そういう場所で、適当に何か見繕って、滞在中の宿で頂いてみるというようなことも悪くはない…或いは、そういう位の方が気楽で手軽に楽しめるのかもしれない…

↓こんなモノを見付けて、思わず求めて頂いた…串に刺さった鶏肉…これならフォークか何かを用意するまでもなく頂くことが出来る…
my chicken on APR 20, 2017 (2)
↑これは「量り売り」で、「1s=749ルーブルのモノが354g」ということで265ルーブルだった…「日本円で?」と考えれば、何となく「500円ワンコイン」に近い感じの価格に視えるが、現地社会でどういう感じに受け止められているのかはよく判らない…ただ、この種の惣菜の種類が増え、それなりに売れているようにも見えるので、「妥当な価格帯」なのだろうか…

これは惣菜が並ぶコーナーで、店員さんに「そこの…それを2本お願いします…」というようにお願いすると、トレーに載せてラップを掛けて、量り売りの価格等のシールを貼り付けてくれる。それをレジに持ち込んで精算し、持ち帰ることになる…

↓こういうような感じで、レジ袋に入る…
my chicken on APR 20, 2017 (1)
↑序でに、小さなパンとミネラルウォーターも求めた…

「2本で354gの鶏肉」という“焼き鳥”風なモノ…なかなかに「食べ応え」が在る。結局「塩味の焼き鳥」というような味わいだ。一寸タマネギも刺さっていたが、圧倒的な鶏肉の存在感だった…
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ネベリスク:広場の改修工事(2017.04.20)

↓ネベリスク地区行政府庁舎前からの眺めだ…
Nevelsk, Sakhalin on APR 20, 2017 (1)
↑正面に旧庁舎を改装したネベリスク郷土歴史博物館が在り、建物の前にレーニン像も在る。画面では切れてしまっているが、左側は文化センターだ…

御覧のとおりの広場なのだが、日本語の文字が在ることから、日本の何処かから持ち込まれた中古と見受けられる重機が動き、右側手前で測量のようなことをしている人達の姿が視える。作業をしている人達は、確り防寒作業服を着込んでいる。

この「街のメインの広場」のような場所だが、整備工事が始まった。数ヶ月間での竣工が目指されている。

ネベリスクは2007年の地震災害で大きな被害が生じて以来、順次「再建と整備」が進んでいる。“第1期”という感じの整備は、2011年頃までで、2011年には文化センターがオープンした。その翌年には新市庁舎、2014年には博物館だ。他にも色々だが…現在は“第2期”とか“第3期”という趣で、この広場の整備や、他に公園やスポーツ施設の整備計画が在るようだ。

ところで…レーニン像に関しては、広場の整備計画を練る中で「移転案」が有力であったようだが、「モニュメントは濫りに動かすものでもない」という話しになって、動かないことになったらしい。他所の事だが、2013年から2014年頃に広場を整備したコルサコフでは、レーニン像は“遷座”…動いていたが…長くない期間だが、“考え方”や“ルール”が変わったのかもしれない…

ユジノサハリンスクからネベリスクへの道路は整備が完了し、乗物での移動がスムースになっている。機会を見付けて、この広場の様子も見届けたいものだ…
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ネベリスク:トドのモニュメント(2017.04.20)

ネベリスクは、市街から視える辺りの海、離岸堤の辺りにトドがやって来て屯していることで知られている。トド自体は、居る場所には沢山居る海獣だが、「市街から視えるような場所に屯している」のは珍しく、地元のマスコットのように親しまれている…

↓そのトドを象ったモニュメントが在る…
Nevelsk, Sakhalin on APR 20, 2017 (2)
↑ネベリスクの<G.I.ネヴェリスコイ文化センター>の脇である…

<G.I.ネヴェリスコイ文化センター>は、舞台発表や会議や展示会を催すことが出来る施設を備える他、同じ建物に青少年の文化活動の場となっている<ネベリスク地区児童生徒芸術学校>が在る。

↓トドのモニュメントに近付いてみた…実物のトドは、少しだけ沖の離岸堤の辺りに居るので、ボートでもなければ近付けない…
Nevelsk, Sakhalin on APR 20, 2017 (3)
↑モダンな感じのアート…少し気に入ってしまった!!

どうやらこれは、サハリンで資源開発を手掛ける企業が設けた、“地域貢献基金”のようなものを活用しての制作と設置であったらしい。

このトドだが、ネベリスクの“市章”にも採用されている。
Coat_of_Arms_of_Nevelsk_(Sakhalin_oblast).png
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2017年04月20日

<ВОДКА ПРОСТАЯ>(ウォトカ・プラスタヤ)とピクルス(2017.04.19)

↓宿の近くに在ったスーパーで求めてしまった…
my favourite on APR 19, 2017 (1)
↑250mlのウォッカ…「シンプルなウォッカ」という程の意味である<ВОДКА ПРОСТАЯ>(ウォトカ・プラスタヤ)という命名…何処となく、焼酎や日本酒の小さなボトルを思わせる。そして食べ易い形状にカットされたピクルスの瓶詰…更にコルサコフの工場で製造のミネラルウォーターだ…

月曜日は夜の到着でとりあえず休み…火曜日は好天で外出が憚られた…ベタベタな、半ば融けた雪で非常に足下は悪いものの、相対的に穏やかな水曜日の夕刻に一寸出てみた…

滞在している宿の近所には、名前を出すと「一寸高い店」と多くの人が判るようなレストランや、カジュアルなサンドイッチを頂くことが出来る店等が2015年頃には在ったが…最近は外食系の店がやや厳しいらしく、覚えていたそれらは店を畳んでしまっていた。他方、覚えていたスーパーは健在で、一寸立寄ってみた…

焼酎や日本酒の小さなボトルを思わせるウォッカだが…スーパーでカゴに入れて、他のモノと纏めてレジへ持参しようとしていると、係員に呼び止められた。恐らく「酒類販売規制」の関係だと思うが、酒類は酒類売場脇の「別レジ」で精算するルールになっていた。精算を済ませるとレジ袋に確りとボトルが入って、またカゴに…「引き続きお買い物を…」という次第だ。私を呼び止めた係員と眼が合い、「好さそうな酒が見付かったから、序に肴も買って行くよ…」と言ってその場を去った…

そして肴として見繕ったのは…キュウリのピクルスだった…

↓こういう形のピクルス…キュウリを切ってから漬け込むのか?漬け込んだキュウリを切るのか?どうでもいいことが妙に気になる…
my favourite on APR 19, 2017 (6)

「ウォッカとピクルス」というのは、「超定番!!」な組み合わせだ。「シンプルなウォッカ」と堂々と名乗っているが、本当に「昔から在るような」感じの味わいだった。食べ易いピクルスを肴に、250mlを程無く空けてしまい、非常に深く眠った…

因みに…ウォッカは165ルーブルで、ピクルスは240ルーブルだった。序でにコルサコフの工場で製造のミネラルウォーターは39ルーブルである。500ルーブル足らずだが、何となく「千円札を持って買物して釣銭が少々」という感覚だ…

釣銭が少々と言えば…酒類精算のレジで釣銭が足りなくなったと見受けられた。こういう場面で、以前は何やら「釣銭が無い!」となったが、今回は実にスマートに「少々お待ちください…」と素早く一寸離れた所を往復して釣銭をスムースに用意していた。

更に余談だが…スーパーの売場で、暫く音沙汰が無かった知人に、「全くの偶然」で出くわし、互いに驚きながら少しだけ立ち話という場面も在った…

とりあえず…今般のサハリン滞在では、実質的に初めての「買い出し」という按配になった…
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「4月19日」の雪景色:ユジノサハリンスク(2017.04.19)

4月18日の夜は、何やら「外出が憚られる」ような荒天になっていた。文字どおりに“風雪”という感で、「強風の音」が室内でも聞こえていた…

↓朝…“風雪”は多少弱めになって、外出は可能―用事が在るので、多少困難でも出なければならなかった訳だが…―だったが…季節が“逆回転”だ…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 19, 2017 (2)
↑湿った雪が市街を覆っていた…早朝の暗い間から道路の除雪をしていたようだったが、少々「追い付かない…」感も見受けられた…

↓朝の間は、こういう「吹付塗装?」な感じになっているモノも色々と見受けられた…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 19, 2017 (4)

↓緑地に据えられた、チェーホフ作品『犬をつれた奥さん』に因む像…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 19, 2017 (7)
↑「保養地で犬を連れて散策する女性」というイメージだが…辺りの雰囲気は「散策どころでもない…」という感じだ…

↓州政府の旧庁舎…庁舎前の街灯に雪や氷…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 19, 2017 (8)
↑見た目は悪くないのだが…足下が酷く悪く、多少キツい…

↓街の中の、こういう「建物の周辺の一寸した通路」のような場所が、妙に「荒涼とした…」感じに視えた…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 19, 2017 (9)

朝のこういう調子に少々驚かされたものの、日中には少し雪が融け、何やら「ベチャベチャ…」になってしまった…

↓夕刻に至っても、一部で除雪作業をしている様子が見受けられた…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 19, 2017 (12)
↑方々に出動して一日中作業をしていたのだろうが、それでも追い付かなかったのであろう…

↓駐車場のような場所は、融雪水で夕刻には水浸しのようになっていた…
Yuzhno-Sakhalinsk on APR 19, 2017 (13)

日中にお会いした地元の方の中にも「変に遅い時季の雪」と仰った方が在ったのだが、「4月19日」にこういう状況なのは驚かされる…
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2017年04月19日

“ルーブル”=ロシア通貨の現金(2017.04.18)

当面の飲物代や食事代に充てる現金を確保しようと、一寸銀行で両替した…

↓こういう按配な、ロシアの現金を入手した…何となくデザインが好い…
Russian money on APR 19, 2017 (1)
↑1,000ルーブル、500ルーブル、100ルーブル、50ルーブルの各紙幣に、10ルーブルの硬貨が…

12,000円分の日本円紙幣を銀行に持込み、窓口でお願いをした…直ぐに係の人が計算して、現金とレシートが出る。何か、日本国内の銀行での外貨両替よりも「カジュアル」な感じがする…ただ、窓口は「現金出納扱い専用」の奥まった壁で囲われた場所だが…

この日は「100円=49ルーブル」ということで、12,000円は5,880ルーブルということになった。1ルーブルが2円余りという感じか…
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2017年04月18日

珈琲とチーズケーキ:ユジノサハリンスク(2017.04.18)

↓サハリンのベーカリーカフェのチェーン店で頂ける!甘過ぎないチーズケーキと珈琲の組み合わせ…2015年9月以来だったが…健在だった!
a cafe at Yuzhno-Sakhalinsk on APR 18, 2017 (4)
↑現在、この組み合わせで254ルーブルだった…以前から「“500円ワンコイン”の珈琲とケーキのセット」という感覚で愉しんでいたが、為替レートなどが変わっていても、そういう感覚に余り変わりは無い…

↓このお店で朝の一寸した時間に頂いた…
a cafe at Yuzhno-Sakhalinsk on APR 18, 2017 (1)
↑レーニン通に面した辺りの店だ…今回は極短い時間居ただけだったが、入れ替わりに色々な人達が出入りしていた…

これから…立ち寄り機会が増えそうだ…
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チェーホフによる『サハリン島』の事績を伝えるモニュメント(2017.04.18)

「雪が交る」との気象情報も在る肌寒いユジノサハリンスク…結局、日中は単に肌寒い曇天だったが、夕方近くになって雨が少し強く降り、やがて雪が交り始めた…

「雪が交る」ようになるずうっと以前の朝…滞在先の宿から、用事が在る辺りまでゆったりと歩いた。

ミール通とコムニスチーチェスキー通とが交差するような辺りは、<A.P.チェーホフ『サハリン島』文学記念館>(チェーホフ記念館)や<A.P.チェーホフ記念サハリン国際劇場センター>(チェーホフ劇場)が在り、辺りが都市公園のように整備されている。大きな通りが交差する辺りを「斜めに横切る」感じの「一寸だけ近道…」のようにも思える歩き易い場所だ。ここを通ってみた…

↓チェーホフ記念館の目の前…「こんなモノ?在ったか?」と思った…何時の間にか出来ていた代物である。
A.P.Chekhov monument on APR 18, 2017  (1)
↑視たとおり“本”をイメージしたモニュメントだが、左側に『サハリン島』と在る。モニュメントの形状は「本を開いた様子」だが、『サハリン島』と在る左側の頁は、ロシアで視掛ける本の“表紙”風の体裁である。

チェーホフは1860年生まれで1904年に他界している。日本史で言えば、「桜田門外の変」の年に生まれ、「日露戦争」開戦の年に逝去したことになる。この彼が30歳であった1890年、彼はサハリンを訪ねている。

1890年のサハリンにやって来たチェーホフは約3ヶ月間滞在し、その様子を徹底的に調査した。それに依拠するルポルタージュ、ノンフィクションという感の作品を纏め、1895年に『サハリン島』として発表し、なかなかに話題になった経過が在る。

チェーホフは劇作家として、世界的に高名な文学者となって行く訳だが…その世界的に高名な、ロシアを代表する作家の一人でもある彼が「実際に訪ねている」という経過から、サハリンではチェーホフは敬愛されている感でもある。

↓右側の頁…「著名な劇作家」としてよく出て来る晩年近くの肖像ではなく、サハリンを訪ねて『サハリン島』に取組んでいた30歳代をイメージした画になっている…
A.P.Chekhov monument on APR 18, 2017  (2)

↓このページに在る文章…拙訳であるが…

地方は未だ若い…

人々の仕事と過去に於ける献身は大なるものが在ったが、

それでもこれは未だ始りに過ぎず、

未来に在っては少なからぬ佳きもの、そして興味深い役目が在る筈だ…

A.P.チェーホフ(署名)


↑何か…「深い含蓄」を感じる…

チェーホフが足跡を記した頃…「流刑の地」で、“開拓”の途上のような感も漂う地域だった筈だ…そこに「一定の大きな達成」を視て、同時に「大きな可能性」をも観ている…

それにしても…何時でも「未だ始りに過ぎない」(это еще только начало)(エタ イェショ トリカ ナチャーラ)と言えるような感じ…何となく好いと思う…

或いはサハリンは、この時のチェーホフの観方を遥かに超える“可能性”を見出して「未来」へ向かおうとしているのかもしれない…


posted by Charlie at 18:53| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

すすきの駅(2017.04.16)

↓さっぽろ駅へ北上しようと、地下鉄を利用した…伝統の南北線…
Susukino Station on APR 16, 2017
↑近年は“ホーム扉”が定着して来た感じだ…登場して陽が浅かった頃には、何となく変な感じもしたが、最近は慣れてしまった…
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2017年04月17日

「午後8時台」が「夕暮れ」:ユジノサハリンスク(2017.04.17)

<DHC-8>(ダッシュ・エイト)という双発のプロペラ機で新千歳空港を離陸すると…眼下に地図で見覚えが在る北海道の日本海側の様子が視える中で北上を続ける…そして1時間足らずでユジノサハリンスク空港に着陸だ…

「午後4時台」に離陸し、「午後5時台」に着陸…が…「現地の時間」では「午後7時台」だ…

ロシア語…道路を行き交う車輛の右側通行…道行く通行人の多さ…ユジノサハリンスクに着いた…

↓到着したホテルの辺り…「午後8時台」だが…稚内の「午後6時台」と明るさが余り変わらない…
Yuzhno-Sakhalinsk in evening on APR 17, 2017 (1)

“2時間時差”の世界に足を踏み入れた…しかし…朝は4時台から起きていたので、何やら「こちらの時間」で眠気が射す…
posted by Charlie at 20:06| Comment(0) | HDR/サハリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「北海道庁旧本庁舎」(赤レンガ)(2017.04.16)

夕刻に待ち合わせをしようとして、場所を「例えば“赤レンガ”の正門の辺りに…」と持ち出すと、「そうしましょう!」とスッキリと話しが纏まった。

そういう次第で、多少のゆとりを持って現場に辿り着き、「観光客 その1」というような風体で、“赤レンガ”を眺めてみた…

↓建物正面は東側を向いているので、夕刻は半逆光、または逆光という感じになり、何となく旧い建物の独特な形状や表面の感じが「浮かび上がる」ような気がする…
Former Hokkaido Local Gov. Building on APR 16, 2017 (2)

↓角度が少し変わると、表情が少々変わるような気がする…
Former Hokkaido Local Gov. Building on APR 16, 2017 (4)

この建物は1881(明治21)年に竣工したそうだ。正面中央の“八角塔”が撤去されてしまったり、火災と火災からの復旧工事等も在った。1968(昭和43)年、前年にこの場所が「開拓使札幌本庁本庁舎跡および旧北海道庁本庁舎」として国の史跡に指定され、更に“明治100年”で“北海道100年”でもあるので、竣工時の姿に復元されて現在に至っている…

↓“八角塔”の辺りをアップで…これは設計段階に在ったモノなのだから、当然「在る姿」の方が好いのだと思う…
Former Hokkaido Local Gov. Building on APR 16, 2017 (5)

↓道路に面した正門の辺りに離れ、門柱の脇から覗いた感じ…クラシックなデザインの街灯との組合せが非常に好い…
Former Hokkaido Local Gov. Building on APR 16, 2017 (13)
↑因みに、画の右側の背後に視えている建物が、現在の北海道庁の本庁舎ビルだ…

札幌は私自身にとって「縁深い街」と呼んで差し支えないと思うのだが、この「北海道庁旧本庁舎」(赤レンガ)を何となく気に掛けて、時々機会を設けて写真を撮ってみるなどするようになったのは、比較的近年であるように思う。とりあえず、この建物は非常に気に入っている。

posted by Charlie at 09:19| Comment(0) | HDR/札幌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

札幌時計台(2017.04.16)

「愉しい夕べ」を過ごし、「大通駅まで…」と少し歩いたが…思わず「あれ!!一寸、写真を撮りましょう…」と立ち止まって、持っていたバッグからデジカメを取り出した…

↓この時計台の辺りだけ、「時間の流れが停まっている?」という感じであるのが、「妙?」な感じだと思っていたが、近年は寧ろ「面白い…」と感じるようになった…
Sapporo Citycentre in night on APR 16, 2017 (1)
↑札幌を訪れた人で、「時計台の写真を撮る」という方が、「最も多く撮っている?」ように見受けられる画角の画になったと思う…

この画…ISO400にして、絞り優先AEで開放のF2.0という設定で、デジタルカメラを手持ちにして強引に撮った…何回かシャッターを押して、「ブレが気にならない…」モノを選んだ…
posted by Charlie at 07:49| Comment(0) | HDR/札幌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする